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IoTやICT、M2M、ビッグデータなど情報工学の研究に従事する、東京大学大学院教授、森川博之さん。専門家として多くの事例を見てきた視点で、製造業がデジタルを業務に取り入れる際の問題点についてお伺いしました。
──DXを進めるためにはデジタル技術が欠かせませんが、どのような手順で進めるのが理想でしょうか。
森川 現場ごとに仕事のやり方が異なるので、模範的な答えや正解はありません。ただ、間違った方法でよくあるのは、デジタル人材を揃えて、現場のDXを進めましょうという方法です。デジタル人材は深層学習や統計学の知識を有していたり、プログラミングができたりと専門的な分野には長けていますが、そもそも現場のことを知りません。ですから現場のDXを進めるなら、現場の人たち全員が主役となることが大前提です。名付けるなら、現場の人たちを“デジタル社会人材”と呼び、どんなことができたらいいか、一人ひとりが考えることが大事ですね。そして、それを解決する上で専門知識が必要になればデジタル人材に聞き、一緒に考えていくという手順になります。デジタル人材にサポートしてもらいながらも、主役はあくまでも現場の人たちです。
──現場の全社員が主役になり、デジタル化に取り組む。なかなかハードルが高そうですね。
森川 端デジタルに親近感を持つことがポイントです。例えば、業務でWordやExcelを日常的に使われると思いますが、それも1つのデジタルツール。同じように考えればいいのです。
現場には膨大な業務プロセスがありますが、当たり前だと思ってやっていることが実は非効率だったり、無駄な作業があったりします。まずはデジタル云々と考えず、そうしたことに気付くことがデジタル化に取り組む第一歩です。
海外のあるフィンテック企業が、パブで銀行のようなサービスを提供したらどうなるかという実験をしました。お客さんが飲み物を頼もうとすると、番号札を取ってお待ちくださいと言われる。自分の番が来たと思ったら、今度は注文した飲み物の担当者を呼びますからお待ちくださいと。さらに待っている間にはアンケートを取らされ、支払い時には飲み物代に加え、手数料まで請求される。その結果、お客さんは当然怒ってしまうわけですね。でも銀行だったら当たり前のことなので、誰もそれを変だとは思わない。実は、これと同じようなことが日常業務のあちこちに転がっている可能性が高いのです。
──当たり前すぎて誰も気付かない。とくに老舗企業の場合、何十年もそれがルーティン化しているので、疑問を呈する人はいないかもしれません。では、どのように解決すればいいのでしょうか。
視点を変えれば
新しい価値が生まれる
森川 経営者がそれに気付く確率を上げるよう、工夫することです。そこで必要なのが「タスク型ダイバーシティ」です。
ダイバーシティにはデモグラフィー型ダイバーシティとタスク型ダイバーシティの2種類があり、デモグラフィー型は性別や国籍、年齢など物理的な多様性です。もう一方のタスク型は、能力や経験、知識、パーソナリティなど目に見えないバックグラウンドの多様性を指します。必要なのは後者のタスク型ダイバーシティで、現場のことをまったく知らない人を交えて議論し、何のためにそれをやっているのか、と素朴な疑問を出してもらうことを目指します。
──日本では周りの空気を読んだり、よそ者が発言してはいけないという同調圧力があります。
森川 それも問題の1つです。しかし、新しい視点で物事を見られる人がいることで、何かに気付く可能性の確率は上がります。経営学でもイノベーションのためには、タスク型ダイバーシティが絶対に必要だと言われています。固定観念や既成概念に囚われていると何も変わらないし、何も生まれません。
少し前の話ですが、Googleのカスタマーサクセスチームのリーダーだった方のブログに、カスタマーサクセスの人材として求める人の条件として、「テクノロジーに疎い人」とありました。天才技術者集団とテクノロジーに疎い人がフラットに議論しているのだとしたら、すごい組織だと思いましたね。
テトリス型経営と呼んでいますが、ゲームのテトリスのように様々なパーツを回転させて組み合わせたところに価値が生まれる時代になりました。人もそうでしょうし、技術や組織でも同じことがいえます。
例えばアップル社は極論すると世界に転がっているいろいろなパーツをうまく組み合わせることでiPhoneを核としたエコシステムを作り上げています。MicrosoftはOpenAIというパーツをうまく取り込みました。技術系の会社はものづくりというパーツに力を入れすぎるきらいがありますが、それと平行して何かと組み合わせて価値を生み出すことを考えていかなくてはいけません。
他者と組むためには、何といっても人の力が重要です。嫌な人のところに人は寄り付かないので、心の綺麗さが求められる。要は利己的ではなく、利他的な考えを持つことです。新しい価値が生まれて、売り手も買い手も世間も喜べば、三方よしですね。経営者はこうした精神を浸透させることも忘れてはなりません。
──サブスクなどパーツを組み合わせることで新しい価値を生み出す仕掛けは、日本でも増えてきました。他にも海外と日本で違うと感じることはありますか。
森川 欧米の大手企業の多くにはプロセスオフィスと呼ばれる部門があります。組織全体を俯瞰して可視化して改善したり、生産性の向上を図るのですが、日本の企業にはほとんど存在しません。このような部門があれば、個々に業務プロセスを見ているだけではわからないことに気付いたり、別の部署が持つ技術と組み合わせて新しい価値を見いだせる可能性もあります。専門性というのはあくまでパーツであり、組み合わせることとは別。プロセスオフィスのような部署が日本にも増えるのが望ましいですね。
──日本の製造業には、まだ伸びしろがあるということですね。
森川 単に気付いていないだけで、新しい価値が眠っている可能性は十分あると思います。 繰り返しになりますが、デジタルの活用法に正解はありません。やってみないことには、正解かどうかわからないのです。発明家のトーマス・エジソンは「俺は失敗したことがない。1万通りうまくいかない方法を見つけただけだ」と言っています。また、イーロン・マスクは自社の宇宙船の打ち上げ直後、それが爆発した時には、「おめでとう。次の試験飛行に向けて、多くのことを学んだ」とコメントしました。失敗から学ぶことこそが次につながります。 例えばKPIの設定を年単位ではなく、1か月、2か月ごとに様子を見ながら変えていくのも1つの手でしょう。達成すればモチベーションは上がり、仮に達成しなくても、様子をみながら方向性を変えるなど、早めに手を打つことができます。 いきなり大きなことをしようとするのではなく、現場の人たちも含めた全ての人が、まずは当たり前を見直すところから始めてみる。些細なことからイノベーションは起きるのです。
失敗あってこその成功。
トライアンドエラーの精神を持つ
※1 ICT=Information and Communication Technologyの略。情報通信技術。
※2 M2M=Machine to Machineの略。人が介在することなく、モノ同士が相互に情報をやりとりすること。
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「パーツの組み合わせで価値が生まれるようになっているのは、経済が無形資産化しているのが一因と考えます。その無形資産を理解するのに最適な一冊」と森川さん。
「無形資産が経済を支配する」
ジョナサン・ハスケル、スティアン・ウェストレイク著
東洋経済新報社 ¥3080(税込)
- PROFILE
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森川博之さんHiroyuki Morikawa
東京大学大学院 工学系研究科教授無線通信システム、モノのインターネット、情報社会デザインなどにも精通。情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長、総務省情報通信審議会部会長、情報社会デザイン協会代表理事等。OECDデジタル経済政策委員会副議長、第100代電子情報通信学会会長等を歴任。著書に「データ・ドリブン・エコノミー」「5G」等。