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鹿子木宏明のDX対談株式会社キッツ 石島貴司さん

インフラやプラントなど産業分野を中心に、流体制御製品を製造する総合バルブメーカー、株式会社キッツ。CIO、IT統括センター長としてDXに取り組む石島貴司さんにお話をお伺いしました。

鹿子木 もともとはIT分野がご専門ではなかったそうですね。
石島 大学は法学部で、車が好きだったので卒業後は日産自動車に入社しました。そこで、なぜか情報システム部に配属になったのです。それまでコンピューターに触ったことすらなく、正直辞めようかと思うほど仕事に興味が持てませんでした。それでも、3年は頑張ってみようと。
最初は教えられるままにプログラムを作っていましたが、そもそもコンピューターがわからないのでまったく腹落ちしない。それを上司に言い続けていたら、4年ほどでインフラの担当に変えてもらえたのです。そこでようやく全体像が見えて、腹に落ちました。理解できたところで再び業務システムに戻してもらおうとしたのですが、それは叶いませんでした。ですが、仕事を続けるうちに、全社の様々な業務に関われるのは、社長以外では情報システム部しかないのではないかと。営業から生産、設計、開発、人事、経理と全てに関わり、場合によっては改革していく。コンピューターを使って改善していくことが非常に面白いと思うようになりました。
その後もインフラに携わり、北米の駐在やフランスのルノー社への出向など海外での経験を経て、2018年に28年間働いた日産からキッツに転職した次第です。
鹿子木 なぜ転職しようと思われたのですか。
石島 ちょうど50歳になった年で、残りの10年、15年を日本のために何かできることがないかと考えたのが大きな理由です。グローバル化やデジタル化を本気で目指しているものの、そのノウハウがなかったり、苦戦している会社もあります。そうしたところなら、自分が役に立てるのではと思い、転職活動をしていたところ、声を掛けていただきました。
鹿子木 入社した時、社内はどのような状況だったのですか。
石島 基幹システムの再構築のため、2007年からSAPの導入プロジェクトが動いていました。海外に新しく立ち上がるグループ会社から導入し始め、最終的にキッツ本体という順番で進めていたのです。私が入社した数か月後に本番を迎えるという時期でしたので、すぐに携わらせてもらったのですが、これはシステムや業務全体を理解するのにいい機会でした。今もまだいくつかのグループ会社にSAPを展開中で、2027年にキッツグループグローバルの全部にSAPが入ります。
そういった状況でしたから、IT部門の人たちはSAP以外のことに手が回っておらず、デジタル化は遅れをとっていました。そこで私はSAPの立ち上げ後すぐに、働き方大改革を打ち出したのです。まずは紙で行われていた業務のペーパーレス化を徹底し、スケジュール管理などのITツールを最新のものに変え、RPAで業務の自動化、効率化を進めました。

働き方大改革で
身近なことから変える

鹿子木 長年の習慣を変えていくというのは、大変な作業ですね。
石島 賛同してくれる人もいれば、外からやってきた私が大きく変えようとすることに反対する人もいて、2つに割れました。ですが、社長を含めた役員全員を巻き込み、トップの意思として始めたため、2年ほどすると全社一丸となって進めることができました。新型コロナ感染症が流行し、在宅勤務やリモート会議など働き方を変えざるを得なくなったことも後押しになったと思います。

鹿子木 そうした改革が進むにつれて、社員の意識や風土などに変化はありましたか。
石島 仕事の効率化やスピードアップ、品質向上など、何かしら従業員全員がプラスの変化を体感して、それが仕事へのモチベーションアップにつながっていると感じます。その成功体験が、新たなデジタルツールを使った取り組みに積極的になっている要因だと思います。
弊社はBtoBのビジネスで、かつ社会的インフラに関わる製品であり、代理店販売が中心です。そういったことから、他の業界に比べると需要は安定しており、創業以来、あえて何かを変えなくても商売が成り立っていました。私が入社した時にも、社内に変化を求めない空気をすごく感じましたね。しかし、今日では社会や国際情勢などが変わってきており、先行きがとても不透明です。今までの市場だけを相手に同じやり方をしていたのでは先細りになることもあるでしょう。圧倒的に日本での利益が大きいのですが、この先ホワイトスペースが大きいのは海外です。もちろん今もグローバル展開はしていますが、真のグローバル企業になるためにはデジタルの力なしではあり得ません。経営陣も同様のことを考え始めていたので、働き方大改革を進めるのにはとても良い時期だったと思います。
鹿子木 各自の成功体験が変革につながっているのは素晴らしいですね。そして、真のグローバル企業になるためには、DX化が必須であると。
今後はどのような形で進めていかれるのですか。
石島 2022年2月に、長期経営ビジョン『Beyond New Heights 2030「流れを変える」』を公表しました。これに沿って、IT統括センターでは「Kitz Digital 2025」という戦略を始動。3層構造にして戦略を定め、推進しています。
まず1層目は「ビジネス」です。全社的にデジタルの力でサポートして確実に効果を出し、従業員の満足度を上げるというものです。2022年には社員の約2割が参加するBXタスクフォースを始めました。2層目は「テクノロジー」。デジタルワークプレイス、データ活用の基盤、クラウド、情報セキュリティ基盤を整備することを目標としています。3層目は「オーガニゼーション」。我々IT統括センターの内部改革です。IT環境の運用や保守業務など内製だけではなく、アウトソーシングで効率化を目指します。
まずはこの3層を2025年までに着実に実行するためにKPIを定め、取り組んでいるところです。

これまでのやり方が
今の時代も正しいと限らない

鹿子木 御社は創業70年以上の歴史をお持ちですが、全社で改革を進め、今年4月には経済産業省が定める「DX認定事業者」を取得されました。日本には同様に長い歴史を持つ製造業が多く、なかなか変われないという話もよく耳にします。どのように改革を進めるのがよいと思われますか。
石島 まず、トランスフォーメーションを難しく考えないことでしょうか。新規事業を作るとか、イノベーションを起こすという大きなことではなく、日々の仕事の仕方を変えたり、お客様の立場に立ってより便利なサービスへと改善する。そうした当たり前のことを変えていくことから、始めるのがいいと思います。
次に、何かを変えるのは、ものを言えない空気が足枷になるので、言いたいことをきちんと言える会社の風土を作ることが非常に重要です。前の会社のCOOだったカルロス・ゴーンさんはダイバーシティをとても大事にしており、性別や年齢、国籍に関係なく、対等に議論をする人でした。それが日産のグローバル化の一翼を担いましたし、また、私が世界を理解する上で非常に大きな経験となりました。
3つめは、当たり前に思っていることを疑ってみるということです。教えられたことや、長くやっていることはなかなか否定しにくいですが、時代や状況が変わると、必ずしもその方法がベストではなくなっていることもよくあります。そうしたことから、今の仕事のやり方を客観的な目で見られる人を一定数組織の中に入れていくことも必要です。
そして最後に最も重要なのは、トップの社長が本気で変革を目指すことです。トップがリードして組織を引っ張り、その姿勢を見せないことには何も変わりません。
鹿子木 身近なことから取り組み、全社員が小さな成功体験をしたことでDXが進んだというお話が印象的でした。貴重なお話、ありがとうございました。

対談を終えて
前職でDX推進を任された石島さんは、コンピューターやプログラムに全く興味を持てなかったそうですが、業務全体が見えてきたら非常に楽しくなったと。DXをデジタルありきではなく、むしろ会社をどう変えていくかという視点で進める姿勢に感銘を受けました。またトランスフォーメーションをあまり難しく考えない方がいいとも仰っています。日々の仕事の仕方を変えて、お客様の立場に立ってサービスを改善するという、わかりやすいところから始めようと。キッツさんのDXが非常にうまく進んでいる理由はそこにあるでしょう。(鹿子木談)
PROFILE
株式会社キッツ
執行理事 CIO/IT統括センター長石島貴司さんTakashi Ishijima

日産自動車株式会社では製造業各種システム開発・保守、ITインフラ導入、ITアウトソーシング企画導入など幅広く情報システム関連業務に従事。海外でもIT領域の整備や提携IT関連業務に携わり、2011年よりチーフITアーキテクトとして、グローバルなDX推進、クラウド化、データ活用推進、SOC立ち上げなどを指揮。同時にDXを加速させるルノー・日産のグローバルなIT組織ガバナンスを構築した。2018年 株式会社キッツに入社、2021年4月より現職。

横河デジタル株式会社
代表取締役社長鹿子木宏明Hiroaki Kanokogi

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。博士(理学)。

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