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DX Here&Nowマインドセットの再構築とつながるものづくりが
これからの製造業の鍵

デジタル技術とものづくりの融合を推進するためのフォーラム、IVIの発起人であり理事長を務める、法政大学デザイン工学部教授の西岡靖之さん。“つながる”をテーマに日本の製造業についてお話を伺いました。

※IVI=一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(Industrial Value Chain Initiative)。ITによりものづくりの課題を現場起点で解決することを目指し、2015年に設立された。現在、製造業に係わる230社以上が参加している。
https://iv-i.org/

──製造業においてはIoTなどデジタル技術の現場への導入が必須といわれていますが、まだまだ課題も多いと聞きます。

西岡 IT(情報システム部)はすべてをデータ化しようとする一方で、OT(現場)には言語化できない経験に基づく暗黙知があります。費用をかけなくとも紙があればこと足りるため、ITとOTは長い間水と油の関係にありました。しかし、変化のスピードが増すなかで、こうした分断は大きな制約となります。ですから、両者の関係改善を早急に進めなければなりません。
日本の製造業は、これまで国内で生産したものを輸出する“もの売り”のビジネスで収益を上げてきました。そのモデルが今、“コト売り”のビジネスに変化しつつあります。ものを売って終わりではなく、それに付随するサービスを提供して収益を上げるモデルに移行している。競争の土俵が変わり、そこではものをつくる側の視点ではなく、使う側の視点が重要になっています。自社製品がユーザーにわたった後もその製品をモニタリングし、集めたデータを精査して課題を洗い出し、それを反映してバージョンアップして、製品の価値を高めていかなければなりません。
また、主戦場が世界市場となった今、国内という狭い市場で競い合うことで、逆に競争力を落とす可能性もあります。これからは知識を集約し、効率化のためにある部分で企業間の協調や共創を考えることが必要になります。その場合にも、やはりデータは必須です。

クローズドな文化を変え
世界に目を向ける

──競合他社ともデータを介してつながる必要があると。

西岡 仲の良い相手と組むことだけがつながりではありません。サプライチェーンやエンジニアリングチェーンは、競合する相手とのつながりも含めてバリューチェーンが成り立ちます。効率化やいい意味での競争、クリエイティブな話をするためにも、多種多様な情報のやりとりは欠かせません。
デジタル化が進む以前の日本のバリューチェーンは、むしろ海外より強かったといえます。しかし、それは身内、かつアナログでのつながりだったからです。デジタル化によって開かれたグローバルな連携に対しては、文化やルールの違いなどが障壁となり、強みが弱みに転じる恐れすらあります。もはやローカルではなく、国際標準が基本です。
日本の企業の多くはオープンイノベーションが苦手ですが、それは閉鎖的な文化が残っているからです。これも製造業の課題の1つです。ある程度は融通を利かせるものの、コアな部分に関しては外に情報を出さない。とくに開発においては技術を取られるのではないかと、クローズになりがちです。しかし世界の流れは、設計やデザインに至るまでの情報をオープンにすることで多様な人材を呼び寄せ、オンリーワンやナンバーワンを目指すという風潮です。日本の企業ももっと海外に目を向け、自国にはない考え方やコミュニケーション方法、組織構造などアップデートしていくことが必要です。

──オープン化が進むと、データの扱いにはより慎重にならざるを得ないと思われます。

西岡 デジタルでつながることで最も注意しなければならないのはデータです。一度漏洩してしまった情報は個人情報と同様、回収は不可能です。悪用されると致命的な会社の損害につながることもあります。また、データには所有権がなく知的財産の枠外にあるため、企業は閉鎖的にならざるを得ません。すると、オープンイノベーションが進まない。そこで進められているのが、政府主導の「ウラノス・エコシステム」の構築です。
これは、日本国内の企業が業界を横断して安全にデータを連係することを目指した大掛かりなプラットフォームで、製造業のみならず産業界全体の効率化が期待されます。
その一方で、社内がオートメーションで効率化されても、物流などではいまだにFAXや伝票でやりとりしているのも実情です。そこでもっと小規模な、例えばFAXに変わるような手軽に使えるアプリがほしいと考えています。メールを利用した電子契約が増えていますが、この延長で、安全かつ手軽にデータをやりとりできる新たな方法も考えられます。
そうなった時に問題になるのが、企業ごとにデータのフォーマットや用語、基幹システムやアプリケーションが異なることです。当然、すべてを統一することは不可能なので、私が理事を務めるIVIでは“ゆるやかな標準”を提案し、それに基づくプラットフォームを構築して会員企業に利用してもらっています。
ここではルールづくりや言葉の標準化など、段階的に各社独自の仕様を共通化していくことで、「関連する業務が相互に連携する仕組み」、「必要なデータを交換または伝える仕組み」を目指します。“ゆるやかな標準”が進むことで、デファクト標準化(非公式ながらも業界標準として認められるようになった規格)されます。

──データが共有されるということは、参加している企業はそこに保管されているノウハウなどを使えるというイメージでしょうか。

西岡 それとは異なります。ビジネスの多くはピア・トゥ・ピア(1対1のコミュニケーション)、つまり信頼関係に基づいた少人数のやりとりが多く、そうした当人だけのやりとりをデジタル化して共有することによって、活動や仕事の流れを記録します。エビデンスが残ることで、より健全な取引につながります。残念ながらデータの共有についてはまだ先の話となります。

デジタルの時代こそ
人を生かす現場づくりを

各企業が採用している基幹システムやソフトウェアなどはサードパーティが関与することが多いため、用語や業務のやり方など自然な形で標準化の方向に向かいます。しかし、すべてを標準化して、均一にすればいいというものでもありません。
日本のものづくりのよさを生かすためには、各社の強みは維持しなければならず、事業の基幹になる部分、人に寄り添うところなど、どのように標準化と線引きするか、バランスを取っていくかが経営者の腕の見せどころといえます。
高度成長期の1970年頃から90年頃までは、日本製品が海外で飛ぶように売れ、会社も右肩上がりで成長していたため、個人のやりがいはそれに置きかえられていました。しかし、製品が売れなくなった今、個人はやりがいを感じにくくなっている気がします。だとすれば、「日本品質」といわれる高品質で安定した製品をつくる一方で、AIやIoT技術を駆使しながら、働く人がワクワクするものづくりを再定義したいですね。スマートファクトリーというと、デジタル化して、自動化して、ロボットが勝手につくってくれるというイメージを持たれがちですが、人のモチベーションなしではいい製品はつくれません。
工場で臨機応変に対応できることが日本の強みであるのに、デジタル化することでその芽が摘まれてしまうようでは成長が止まります。むしろ、設計どおりのものをつくるだけであれば、最新の設備を備えた新興国の工場に負けてしまうでしょう。
単にデジタル化するだけでなく、人を生かす現場づくりや、現場の思いを色濃く感じられる製品づくりなど、より意識的に行うことが、これからのつながるものづくりの時代に求められています。

企業間の連携を広げには
“ゆるやかな標準”が基本

RECOMMEND

ものづくり経営のロングセラーを20年後に増補。「日本のものづくりの構造がわかりやすく解説された一冊。読みやすく、学生の課題図書にもしています」と西岡さん。

「日本のものづくり哲学 増補版」
藤本隆宏著
日本経済新聞出版
¥1,320(税込)

PROFILE
法政大学 デザイン工学部教授
一般社団法人インダストリアル・バリューチェーン・
イニシアティブ(IVI) 理事長 西岡靖之さん Yasuyuki Nishioka

早稲田大学理工学部機械工学科卒業。東京大学工学系研究科先端学際工学博士終了。東京理科大学理工学部経営工学科助手、法政大学工学部経営工学科教授、米国マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、法政大学デザイン工学部教授に。2015年にIVIを設立し、理事長として日本のものづくりのデジタル化をリードする。