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鹿子木宏明のDX対談富士石油株式会社 川畑尚之さん
千葉県袖ケ浦市の東京湾沿いに製油所を構える石油精製専業の富士石油株式会社。世界で唯一の装置を保有するなど、最先端の技術で高効率の生産能力を誇ります。技術総括として経営課題に取り組む代表取締役 常務執行役員の川畑尚之さんに、DXについてのお話を伺いました。

鹿子木 ご経歴を教えていただけますか。
川畑 大学卒業後、富士石油に入社しました。製油所でプラントの運転員を2年間経験した後、技術部門に配属され、製油所エンジニアとして製造、技術、設備保全、情報システムなど様々な部門を担当しました。シンガポールやサウジアラビアなどで他社のプロジェクトの支援に携わり、新設プラントの設計や試運転に携わったこともあります。
鹿子木 入社してすぐに現場を担当されたのですね。現在も新入社員は現場からスタートするのですか。
川畑 いえ、今は違いますが、当時はそれが当たり前でした。技術部門では“1社1工場の富士石油は毎日が競争で、収益改善、省エネ、業務改善を徹底的に行わなければならない。それがエンジニアの務めである”と鍛えられたものです。そうした現場での経験が、プラントの設計やDXの推進など、新たな業務に就いた時にもおおいに役立っています。
6つの項目を立てて
DXプロジェクトを明確に
鹿子木 現場をよくご存知の方がDXを推進されると、現場は心強いものです。ところで御社がDXに取り組み始めたのはいつ頃からですか。
川畑 以前から、産業IoTやスマート保安など、先行的な取り組みはいくつかあったのですが、これらを1つにとりまとめる形で、「DX推進・IT化戦略(2022〜2024年度)」を策定し、2022年3月より社を挙げて本格的にスタートしました。この戦略はプロジェクトチャーターといえるもので、6つの項目から成り立っています。例えば「DX推進・IT化のコンセプト」の項目では、リーダーシップ、組織力の強化、デジタル人財の育成、情報システム基盤の強化などを掲げています。また「重点テーマ」の項目には、稼働信頼性の維持・強化、コスト競争力の強化、現場業務の効率化など具体的な施策を盛り込みました。製油所の改善テーマがDX全体を主導する形です。

鹿子木 戦略が文書化されていると指針がより明確になり、迷いそうになっても目標を見失わないですね。
川畑 現在、本社と製油所合わせて、50件ほどのDXプロジェクトが並行して進行中です。それぞれ担当部門が主体的に進めていますが、全体のとりまとめは情報システム部門が担当し、3か月ごとに進捗をチェック。そして年に1回、ITガバナンス会議が行われています。この会議は、社長をはじめ、全マネジメント層、本社・製油所すべての部室長が出席し、各プロジェクトの進捗や次年度の計画を審議し、方向性を決定するものです。
この3年を振り返ってみると、ほぼ戦略に沿った形でプロジェクトを進めることができました。
鹿子木 それは素晴らしいですね。うまく進んでいる理由の1つに、現場と情報システム部門のコミュニケーションがあると思います。その秘訣を教えていただけますか。
川畑 弊社は社員が約480人で、先ほど申し上げたように1社1工場の少数精鋭の会社です。東京本社に約50人、残りの約430人は製油所で、さらにその半数強が製造部でプラントの運転を行っています。技術部門や設備保全部門、総務、人事、経理も現場に近いところで働き、名前も顔も全員が知っているような環境です。また、化学や技術などの理系出身者が多く、大学でソフトウェアを専攻したような情報システムの専門家がいません。従って、技術や製造などの経験者が情報システムを担っているため、現場との親和性が高いのではないでしょうか。
鹿子木 それは理想的です。すべて順風満帆に進んでいる印象ですが、DXを進めるにあたり、苦労されたことはありますか。
収益の改善活動を
DXとして考える
川畑 そもそも何をどのようにアプローチするべきか非常に悩み、焦りもしました。DX関連のハウツー本を読んでも、社員アンケートを取ることから始めましょうというような内容がほとんどでした。また、先行している取り組みと整合性を取ることにも課題がありました。
そこで、最初に国内外の石油会社や製油所の動向調査、複数のコンサルタントとの議論、さらにマネジメント層との対話を通じて方向性を決めました。その結果、「全社的な大きなプロジェクトにこだわらず、技術部門主体で収益向上を狙ったデジタルツイン技術の導入を優先し、全社のDXを主導、推進する」と決定したのです。2021年8月のことでした。要はデジタルを使った収益改善活動ですが、最新技術を先駆的に導入したことは、社内に刺激をもたらしたと思います。
また、小さなプロジェクトですが、同年12月からはマネジメント層の定例会議をペーパーレス化しました。やや強引に合意を取り付けた形ですが、紙資料がタブレット端末に置き換わり、結果的には大好評でした。こうしたことを弾みに、弊社のDXプロジェクトが始動しました。
現在注力しているプロジェクトには、AIとコンテキスト化技術を活用した技術情報統合システム、3Dデジタル技術を活用した設備保全業務の改善、デジタルツイン技術を使った生産計画精度向上などがあります。またAIを活用し、世界で弊社にしかないユリカ※装置の安定稼働を高める取り組みも進めています。
※原油精製の残渣ともいえるアスファルトを、さらに分解・精製してガソリンや軽油の基材を生み出す減圧残油熱分解装置
鹿子木 DXを進めるなかで、社員の意識などはどう変わりましたか?
川畑 デジタルやITの有効性についての理解が深まりました。喜ばしいのは若い社員の成長が顕著で、日常の業務に対する熱意が以前にも増して見られるようになりました。私は人財育成部担当でもあるのですが、彼らに「失敗を恐れず挑戦すること」を常々伝えています。とくにAIは試行錯誤してみなければわからないことばかりです。失敗は学びの一歩ですから、とにかくチャレンジしなさいと。権限を与えて責任を持たせることで、前向きな姿勢を持つようになったと実感しています。こうして若い人のモチベーションを上げることも重要です。
昨年10月、弊社は会社組織の改編とともに、東京の本社を天王洲から御殿山に移転しました。以前は2フロアだったオフィスを1フロアにして、フリーアドレスにしたのです。リモートワーク環境も強化し、PCもすべて最新スペックのものに刷新しました。その結果、仕事効率向上や経費削減につながったばかりでなく、意思決定が格段に早くなりました。また、人の仕事を間近で見る機会が増えたり、情報交換がより活発になったと思います。ペーパーレス化などデジタルの要素に加え、こうしたアナログ的な要素もプラスに働きました。

鹿子木 やはりDXにはデジタルの力ばかりでなく、人と人のつながりやコミュニケーションの強化も大切ということですね。
最後にDXの進め方についてアドバイスをお願いします。
川畑 DXを担当者任せにせず、マネジメント層の関与を確実なものとすることが重要です。
また方向性を統一するために、基本的な方針や施策などを定めた宣言などを書面にし、社員全員で共有すること。そして、進捗を定期的に確認し、管理していくことが鍵になると思います。
弊社では2025年度を迎え、第4次中期事業計画の策定と合わせ、DX・IT戦略も見直しを行います。競争に勝ち残るために、社員一人ひとりの力を底上げし、DXによる改善活動と生産性向上を推進していきます。
鹿子木 少数精鋭で1社1工場という特長を強みに、全社員が同じ方向を向いてDXに取り組んでいらっしゃる。現場経験者がDXを統括されていることも大きいと思います。貴重なお話、ありがとうございました。
- 対談を終えて
- 川畑常務のお話から、肩肘はらずにDXに取り組まれているように感じました。デジタルツインやコンテキスト化技術を活用したシステムの導入も、その目的は収益改善のためであり、結果的にDXになったとおっしゃっています。分かれていた東京のオフィスをワンフロアにすることで業務を円滑にするなど、デジタル以外の要素も相まって、自然な形でDXを進められています。富士石油様は、化学や工学のバックグラウンドを持つ方が多いとのことですので、IT部門と製造部門の温度差が小さいことも、スムーズなDX導入につながっているのだと思います。そのため、コミュニケーションが取りやすく、会社全体が1つの方向に向きやすい社風が生まれたのではないでしょうか。理想的なDXの進め方だと感じました。(鹿子木談)
- PROFILE
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富士石油株式会社
代表取締役 常務執行役員 川畑尚之さん Takayuki Kawahata1983年秋田大学鉱山学部卒業、同年富士石油入社。製油所エンジニアとして、他社の製油所建設のフィージビリティスタディや新設プラントの設計・試運転に携わった経験を持つ。社内ではシステムの刷新や新規システム導入のプロジェクトを牽引したほか、業務改革を推進。2011年に工務部長に就任し、製油所の定期修理や設備保全業務の最適化を進める。2017年に役員に就任し、技術および生産管理部門を担当。現在は技術総括として製油所に駐在し、経営課題や人財育成に取り組む。
横河デジタル株式会社
代表取締役社長 鹿子木宏明 Hiroaki Kanokogi1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。2025年4月より横河電機株式会社執行役。博士(理学)。