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development story of AI-based Plant Controlプラント制御AI、FKDPPの開発ストーリー
[第1回/全3回]データ解析を重ね、手探りでAIへの理解を深める
世界で初めてプラント制御に成功したAIアルゴリズムとして注目が集まるFKDPP。その開発に至った日々を携わった3人が振り返る。
- FKDPP(Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)とは?
- 奈良先端科学技術大学院大学の松原崇充教授と、弊社の鹿子木宏明、髙見 豪により開発された自律制御AIアルゴリズム。「第52回日本産業技術大賞」において「内閣総理大臣賞」を受賞。
――FKDPPの開発を手掛けた皆さんの出会いは、何がきっかけだったのでしょうか?
松原教授 私は以前、本学の杉本謙二教授の研究室に席を置いていました。ある日、横河電機の伊藤役員が杉本教授の研究を見学するため、来学されたのです。そこで鹿子木さんにお会いしました。
鹿子木 杉本教授と松原先生、それに伊藤と私が対面で座り、長時間、石油や化学について話しました。その間、松原先生は静かに座られていました。最後に挨拶をして立ち去る時に、私から松原先生に、少し研究室を見せてもらえませんか、とお願いしたのです。
松原教授 伊藤役員が来られるとのことでしたので、研究していたロボットをお見せしようと、いくつか資料を準備していました。でも、話はロボットの方には向かわなかったので、これはスキップされるだろうと覚悟していました。そんな流れでしたから、鹿子木さんが気を遣われ、「せっかくなので、ぜひ」と言ってくださったのだと思います。
鹿子木 その時の話のテーマが、ロボットではなかったからですね。
松原教授 当時、私が所属していたのは制御理論の数学的な研究室でしたが、私はそこで現実のロボットにフォーカスしたAIに取り組んでいました。ですから、その日の話と趣旨がずれていたのです。話の中心はもっぱら制御理論、制御工学と、横河電機のビジネスに直結することでしたので、私の研究内容をこちらからご紹介することもないかと。
鹿子木 研究室に伺うと、研究室のパネルにはいろいろな数式が書き込まれ、実物のロボットもありました。そんなアカデミックな雰囲気の中での松原先生との話は弾み、かなりの時間話し込みました。最後は何か一緒にやりましょうと意気投合し、その日は帰りました。
――盛り上がったテーマは何だったのでしょうか?
松原教授 当時、私のグループの技術開発の焦点は、ロボットに与える経験データをいかに減らすかということでした。何百回、何千回練習したらすごいことが出来ますよ、というのはアカデミックには結構なのですが、実際にロボットを動かし自分たちでデータ集めるとなると、膨大な時間がかかり、現実的ではありません。そこで、待てるぐらいの時間で学習出来るようにすることにフォーカスして取り組んでいました。
研究室では、ロボットハンドがペットボトルのフタを開けるのに数十回、多くて100回の練習で可能になるというデモをお見せしたと思います。すると鹿子木さんが、1点ものの化学プラントにおける自動運転化、つまりAI化を進める上では膨大なデータを学習するわけにはいかないと話されて。多分、それまでに色々と考えられていたのだと思います。私も、少ないデータでどうやればAIを動かせられるかという視点はとても大事ですねと。そういう技術的なシンパシーみたいなものを、あの時に共有したことを覚えています。
――そこが始まりですね。膨大な量のデータを学習させれば結果が得られるとしても、確かにコストと時間がかかるとビジネスには結びつきません。
松原教授 実際そうなのです。学習データがインターネットで拾えるといいのですが、我々が手掛けるロボットは相互作用する環境も含めると、学習させる元のデータが手に入らないような1点もののシステムが多く、そこが課題です。
髙見 当時、私たちはAIによるデータ解析を扱っていたのですが、先ほどの話にあったように、なかなかデータが集まらず、データが少ない中でも結果を出さなければなりません。それをどうすれば出来るのか、どこかに出来る方法はないかと、もがいていました。ちょうどそのタイミングで松原先生と出会ったのです。早速コンサル契約を結び、それからは定期的に研究室に伺い、データを先生にお見せしながらディスカッションを続けました。
――松原先生には、どのような指導をして頂いたのでしょうか?
髙見 例えば、データが少なくプラントのデータ解析の結果を出せずに悩んでいると、その対応策を指南して頂きました。特に役に立ったのは、成分分析を体系的に教えてもらえたことです。
どのデータが結果に寄与する重要な要因になっているかを特定するにはいろんな分析手法がありますが、そこを1つの枠という形で教えて頂くなど、関連する様々なアドバイスをくださいました。
――取り組まれた最初のテーマは何でしたか?
鹿子木 AIを使った、データを基にした故障の予測です。pHを測るセンサがどれくらいの時間で劣化し、壊れるのか。取得したpHのデータから、この設備は3カ月後にきっと壊れる、などと予測することです。
髙見 食堂の洗い場にある排水口にセンサを設置し、月に一度メンテナンスしながらpHセンサの変化のデータを得て、それを解析しました。結果はこうなりましたが、それに対する仮説は合っていますか? とか、ここはどうしたらいいですか? などと先生にお聞きし、ディスカッションするのです。
――取得したデータをそのままAIで使うことは出来ないのですか?
髙見 そうですね。センサのデータと実験条件のラベルを合わせたり、データや条件にもノイズや誤差がありますので、そのままでは使えません。そこでAIに入れるための前処理と言えばいいのでしょうか、少し捌くところがあるのですが、そうしたデータの整理をしていました。
松原教授 AI業界からすると、pHの話は専門外なので、対象がよく分からない。逆にpHに詳しい人はAIが分からない。そういう意味で、AIとロボットが専門の私には、正直pHの話はよく分かりません。ただ、どちらもデータが少なくて困っているという共通の事情があるので、私の持っている知識がある程度は何かしらの役に立つはずだという、そういう思いはあったわけです。 一方で、髙見さんはpHの現象や実験内容についてよく勉強されている。そのお互いの知識を持ち寄り、ホワイトボードを使って噛み砕いて説明し合って、そうこうしながら歩み寄るのに1、2年かかりました。
髙見 私自身、その当時はAIに対する理解や現場についての勉強がまだまだ足りてなかったので、その両方の理解を同時に得ていくことは、とても大変で難しかったですね。 鹿子木 例えるならプロ棋士とプロ野球選手が共同で何かを作り上げるような、そういう難しさですね。ですが、その頭脳と実技が1つになるとすごいことが出来る。一筋縄ではいきませんが、それをじっくり話しながらやっていたということです。
髙見 当初は月に1回、顔を合わせていました。早朝に家を出て、奈良先端大にお昼頃に到着し、夕方5時ぐらいまで議論して、その日に帰るという具合です。
――続けることで、お互いの専門や研究への理解がどんどん深まっていったのですね。課題はpHだけではなく?
鹿子木 1つは異常の予兆ですね。すぐに動作がおかしくなるものを見つける。それと、トラブルが起きた時の原因究明です。また、品質の推定も課題でした。具体的にはセンサ値で製造したものは、良品になるか、不良品になるかという判定です。それに加えて、持ち込まれる様々な案件です。
――それらの課題と持ち込まれた案件を、データを基にしてAIで解決する。
髙見 そうですね。解きたい課題に対しては、まず我々で解析します。その解析した結果が妥当なのかどうか、自分たちの想定とは異なる場合、ひょっとして違うやり方があるのではと考えますが、そのような時に松原先生に相談する。すると、「そこはこのデータの範囲だとまだ拡張性がないですね」などのコメントとともに、別の方法を提案して頂く。そういうやり取りを続けてきました。
鹿子木 松原先生からのアドバイスで衝撃を受けたことが2つあります。様々な手法を駆使して解析を試みていると、先生から「もっとシンプルにやった方がいいですよ」とか、「平均でやった方がいいですよ」、「分散でいいじゃないですか」と言われて。実際にアドバイス通り試してみると解決出来た。つまり、色々考えて複雑にしてもダメで、まずはシンプルなことから手をつける、というのがまず1つ目。
2つ目は、「これ、きっと解けませんよ」、「その問題の要因となるデータが入っていないから解けません」とさらりとおっしゃる。解けない問題を一生懸命に解こうとしていることを、ぽろっと指摘されるわけです。
実はその2つがAI研究での金科玉条みたいに印象に残っていて、それからシンプルに考えることを心掛けながら、本当にこれは解けるのか、解ける勝算はあるのかを冷静に見られるようになりました。
――客観的にご覧になって、松原先生は問題の本質的なところをAIが解けるか解けないかを瞬時にイメージ出来ると。
松原教授 我々はAIの技術を改善していくというAI自体の研究をやっているのではなく、ロボットを稼働するために使えるAIを探し、作っています。ですから、AIを使っても成り立たなかったり、解けなかったりすることは日常茶飯事です。 そうした中で、こういうパターンだとAIと相性が悪いとか、最悪の場合は解けないなど、いろんな経験を積み、その勘どころというのでしょうか。もちろん確信のない時もありますが、それが問題の本質をAIが解けるかどうかを判断する直感に繋がっていると思います。
――AIの問題として成り立たせるために、与えるデータの作り方を変えればそれで解決する、というものではないのですね。
松原教授 問題は多岐に渡っています。測ったデータそのものが使えないこともあれば、その後のデータの加工や処理の仕方が使えないという時もあります。特定条件で集めたデータに、特定のAIをあてがって出てきた結果だけ眺めても、とても正解を予想しようがない。ですから、もっと条件を変えなければならない。AIを変える。データの測り方も変える。試行錯誤しないとなかなか確信を得られないのです。
AIで解ける問題だと分かってしまえば、後はより強力なAIに載せ替えればいい。問題は、例えばこれを自動化したいとか、このデータの背後にある法則を理解したいとなった時に、どのAIを使えば解決出来るのか。また、前処理ばかりでなくAIにも様々な問題設定があり、解けるかどうか分からないものの中には解けないものが大多数で、時々解けるものがある。そこを見極めるのは困難で、どれにどのAIを当てはめればよいのかという、見通しを立てるのがすごく難しいのです。
Open AIが大規模言語モデルを使ってチャットボットを作り、作れると分かったから、MicrosoftもGoogleも類似したチャットボットをすぐ開発しました。その事例と同じで、作り方が分からないものを作るのは本当に難しいですが、分かってしまえばやりようはあると。
この話は、まさにそのやり方がわからない類の話を手探りで開拓し始めた頃のことで、どのAIを選べばいいのかを教えてくれるAIはありません。AIをよく知る専門家がその問題を理解して、すり合わせすることが不可欠でした。(続く)
松原先生にお聞きしました
――先生のご専門を教えてください。
松原先生 専門はロボットラーニングです。ロボットがいろんな動作やスキル、行動のルールなどを、経験から学習するためのAI技術を研究しています。 機械が自動運転化するルールを、機械自らの経験から学習出来るようにする、そういう分野です。
――AIの最先端研究ですね。
松原先生 そうです。ブームもありますが、何より先進国の人手不足の問題がありますので。チャットボットだけでなく、実際に人が動かしている機械も自動運転化するなど、AIに任せたいという需要とかなりマッチした研究です。
この分野は今、とても注目されていて、大学や国立の研究機関のみならず、民間企業もたくさん進出して競争が激化しています。技術の進歩や入れ替わりがかつてないスピードで進んでいます。
――先生の研究分野で、一般の人たちに影響があるものは何ですか?
松原先生 自動運転です。自動車の自動運転はすでに自動車メーカーを始め、各国で凌ぎを削っています。一方、自動車以外の機械、人が動かしている機械には実に多くの種類がありますが、それらを自動で運転させることに、多くの研究者や企業が集中して取り組んでいます。
それから工場で動いている機械も全自動ではありません。そこに人が介在し、様々な判断をしながら操作をしています。化学プラントも同じです。それぞれの機械の自動運転化も、自動車同様に進めていかなければならない。ところが様々な機械の自動運転は、自動車の自動運転とやりたいことは同じですが、それぞれの事情はまったく違います。そうしたことから、それに合うような技術を開発しています。
――メインに取り組まれているのは何でしょうか?
松原先生 一番多いのはロボットアームです。自動車の組み立てなどを担っているもので、もちろんすでに自動化されていますが、 その自動化するルール、つまりロボットをどういう条件でどう動かすかというルールは、それぞれの事情に合わせてエンジニアやプログラマーが試行錯誤して作っています。従って、汎用のロボットが各工場に導入されても、工場内で動かすためのアルゴリズムや行動ルールは、それぞれ1点ものということが多く、そのルールをAI化する、要は事情に合わせてプログラマーがプログラミングしなくても、何度か練習したらロボットがそこでの作業の仕方を覚えて、自動化してくれるといいのではと。
――自ら状況を認識し、課題が現れると、それについて自分で試行錯誤しながら学ぶAIを目指していると?
松原先生 はい、それが理想で最終ゴールですね。それに向けた技術を作ろうとしています。
鹿子木 松原先生が素晴らしいのは仮想コンピューター上のシミュレーションではなく、リアルな問題を扱っていることです。例えば目の前にある物質の形を変えるなど、そういう作業は世界中の至るところにあります。いろんな仕事があって、それに人間が携わっている。まさにそこを一気にAI化したい、 そういう思いをお持ちなのだと思います。
- Profile
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松原崇充先生 博士(工学)奈良先端科学技術大学院大学
先端科学技術研究科
情報科学領域 教授