最適な温度計画をFKDPPが提案。ビール酵母の発酵をコントロールし、変わらぬ味と香りのビールづくりに成功

店内のカウンター席からは、ビールの醸造タンクが見える。

世界で初めて(※)プラント制御に成功したAIアルゴリズム、FKDPP。ビールづくりに応用して、発酵に要する時間を従来よりも28%短縮することに成功した。その実証実験に、横河デジタルとともに取り組んでいただいたCraftBankのCEO羽星大地さんに話を伺った。

2022年2月横河電機調べ(化学プラントにおいて、AIが操作量を直接変更するものとして)

今回のソリューション
FKDPP(=Factorial Kernel Dynamic Policy Programming)

YOKOGAWAが奈良先端科学技術大学院大学と共同開発した、少ない試行回数で学習できる自律制御AIアルゴリズム。数少ないデータと強化学習で、自律的に最適解を見つけ出す。汎用性の高い純国産AIとして、様々な検証を進めている。

株式会社CraftBank
代表取締役CEO/醸造責任者/ブルワー

羽星大地さん Daichi Haboshi

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京都府福知山市にある銀行跡地をリノベーションし、ビール醸造所兼レストランとしてオープンした「CRAFT BANK」。IBMに勤めていた羽星さんが、もうひとりの共同経営者とともに開業したのが2022年のことである。
「東京で勤めていましたが、地元を活性化したいという思いがあり、2021年にCraftBankを設立しました。前職ではクラウドなど技術系のセールスを担当していたこともあり、近い将来、様々な領域においてAIによる自動化が進むことは間違いないと感じていました。ですから、新たな事業を考えるうえでは、AIを始めとするDX分野も選択肢にありました。ですが、そうした時代だからこそ、人と人が直接コミュニケーションを交わす時間や場所に価値があると思い至ったのです。そこで栗や黒豆、小豆など丹波地方の素材を活かせ、かつ人が交流する場にもなるクラフトビールの事業を始めました」

その羽星さんのもとに、かつての同僚だった横河デジタルの営業担当が、FKDPPを用いたビール醸造高速化の実証実験の話を持ちかけたのは今年1月のことである。
「私自身、テクノロジーに興味があったことに加え、ビールづくりに関して、弊社ならではの取り組みができないかと思案していたところでした。FKDPPを活用したビール醸造は前例がないと聞いて、挑戦しようと思ったのです」

自律制御AIが導き出した、発酵時の温度計画で実証実験

横河デジタルではシミュレータを用いての実験を、いい結果を得て終えていた。そこから醸造時間の短縮は予見できたが、ビールの味や香りなどにどのような影響が出るかは未知の領域である。
4月に入り、柑橘系の香りや、南国果実を思わせる爽快な苦味が特徴の定番ビール「BANK IPA」の醸造タンクに温度センサーと糖度センサーを取り付け、まずは通常通りの製法で1バッチ(1回の仕込みでできるビールの量/約1000リットル)を醸造した。そして、このときに取得した時系列による発酵データを使い、FKDPPによって試行錯誤を繰り返して最適な発酵温度を導き出したのである。

ビールの製造工程は“仕込み”と、それ以降の“発酵・熟成”の大きく2つに分かれる。人間が直接手を加えられるのは“仕込み”だけで、後の工程は酵母任せになる。酵母が快適に働くための環境が重要で、そこにFKDPPが導き出したデータを用いるのだ。責任は重大である。

(↓)FKDPPが導き出した温度制御の操作計画を検証した工程

「教科書的には、酵母が発酵している間はストレスを与えないために、温度を過度に変えないのが定説です。これまでのCRAFT BANKの醸造では、たとえば18度で発酵を始めたら、そのまま18度で管理するのを基本としてきました。ところが、今回FKDPPが導き出した条件は、ある一定の比重になったら温度を下げ、またある一定の比重になったら温度を上げるというものでした。温度の上げ下げは酵母にとってはストレスです。ネガティブな影響が出る可能性もありますが、問題が出ないようであれば、発酵が早まることが予測できます。
私たちの醸造所ではこうした温度の上げ下げをこれまで試したことがありませんでしたが、FKDPPによる温度管理計画は理にかなっているのではないだろうか。そう判断し、実証に踏み切ったのです」 そして、5月と6月の2回にわたり、それぞれ1バッチずつ、FKDPPの導き出した温度計画に沿って、発酵を進めたのである。

香りなど品質はそのままに発酵時間だけを短縮

「品質管理の一環として、官能評価を行っています。これは実際にビールを飲み、私たちブルワーが香りや味などをチェックするというものです。まず主発酵が終わったタイミングで、ネガティブなにおいがしないかどうか、ダイアセチルという香気成分(バターのような油っぽいにおい)をチェックします。この香気成分は、発酵すると必ず生じるものですが、時間をおくことで感じにくくなっていきます。一方、この成分のにおいが残ったまま次の工程へと進むと、香りや味わいに大きく影響するので重要です。そして出荷直前の缶や樽に詰める前の段階では、ホップの香りをはじめ、味わいなど全体的に意図しているものができあがっているかどうかを確認します。

今回の実証実験では、1回目の官能評価でダイアセチルが感じづらくなるまでの期間が短くなりました。また、2回目の官能評価でも、これまで作っていたものと変わりない味わいや香りのものができたと判断しています」
結果的には、通常336時間かかる発酵時間を240時間に短縮。約28%短縮させることができた。
「今回の実験で最も価値があるのは、味わいや香りを維持して、発酵期間を短縮できたことです。一般的に温度を上げれば発酵時間は短くなりますし、低ければ香りは良くなります。FKDPPはその温度を適切なタイミングで上下させることを指示し、実際に、その両方のよいところを取り入れることができる温度管理が実現したのです。ビール製造は約1か月を要します。加えて、当醸造所は1000リットル単位でしか仕込めないため、新しい試みに対するリスクが非常に大きい。その点、FKDPPのようなAIなら、醸造タンクにセンサーを付けてデータを取得すれば、机上で何度でも高速でシミュレータを回せるので、小規模な醸造所でもチャレンジしやすいと思いました」

今回の実験では、温度と糖度の2つのパラメーターを使用したが、「パラメーターを増やしてシミュレーションを重ねれば、人間が見つけられない手法にたどり着けるのではないかという可能性を感じました」と羽星さんは期待する。
「私たちの製造所ではまだ数値で分析することは行っていませんが、数値化できているとすれば、たとえばホップの香りが最大限効率よく抽出される温度操作だったり、酵母の種類によって温度コントロールを変えるなど、AIを意識しながらより活用範囲も広げていけると思います」

1年半に及ぶFKDPPの応用に関する構想を経て実現した、ビール醸造の実証実験

横河デジタル株式会社
コンサルティング事業本部 AIコンサルティング部  マネージャー

髙見 豪 Gou Takami

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FKDPPで最初に行った実証実験は化学プラントでした。そのため、工業用に向けた制御AIのイメージが強いのですが、実はFKDPPはとても汎用性のあるAIです。今回のCraftBank様との共同実証実験においてはビールを醸造する際の酵母の温度管理を効率化し、製造工程の短縮につなげました。それに加えて、味わいや香りにおいても通常と変わらないという評価をいただけたことは非常にうれしく思います。
AIは人に代わるものではなく、あくまでも人間が思いつかないような、よりよい方法を見つけるための手段です。AIが導き出した答えによって人がインスパイアされ、さらに相乗的にステップアップしていくのが理想です。 今回のビール醸造への活用は、AIの国際学会で発表されていた論文をヒントに始めた取り組みでした。私たちはつねに最先端の情報を取り入れ、お客様の役に立つ活用法をご提案してまいります。

SHOP DATA

「CRAFT BANK」

京都府福知山市南本町264-5
JR福知山駅から徒歩約10分
https://www.craftbk.net/

今回、実証実験を行ったビール「BANK IPA」(写真右)は、国際的なビールの品評会「インターナショナル・ビアカップ(IBC)2023」で銀賞を取得。

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羽星さんは様々なイベントを企画し、参加者とともにホップを収穫したり、ビールの醸造体験も実施。新たな出会いや、きっかけづくりの場を目指す。

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