【鹿子木宏明のDX対談】三菱電機株式会社 武田 聡さん

家電製品から宇宙システム、社会インフラなど、広範な事業領域をカバーする三菱電機株式会社。DXとITを併せて統括する専務執行役 武田 聡さんに、DXの取り組みやビジョンについてお話を伺いました。

鹿子木 CDO、CIO、デジタルイノベーション事業本部長、そして三菱電機デジタルイノベーション株式会社の代表取締役 取締役社長と、複数の役職を兼務されていらっしゃいます。長年デジタル部門に携わっておられたのですか。

武田 1989年に入社以来、一貫してFA(ファクトリー・オートメーション)に従事していました。FA事業本部長やCSOなどを経て今に至りますが、デジタルとはあまり関係のない業務に就いていました。
弊社は、FAのように、基本的にはハードウェアとソリューション周りをお客様に提供するビジネスを行っています。ですが、それだけではなかなか付加価値がつきません。
また、弊社は事業領域が広いのですが、事業分野ごとにサイロ化されて、それぞれの中で完結するという意識がありました。その結果、コングロマリット・ディスカウント(※1)になっていたのですね。そうした現状を打破するためにはデジタルを活用する必要があると考えたのです。OT(オペレーション・テクノロジー/運用・制御技術)で培った経験を活かしながら、現在はCDO、CIOとして取り組んでおります。

※1 コングロマリット・ディスカウント=複合企業(コングロマリット)において、各事業間の相乗効果が発揮されず、企業価値が事業ごとの企業価値の合計よりも小さい状態のこと

鹿子木 まずはどのようなことから始められたのでしょうか。

武田 デジタル基盤「Serendie(セレンディ)」を構築しました。多岐にわたる事業から得られるデータを統合、分析し、ドメインを掛け合わせることで新たな価値を生み出そうというものです。このネーミングは、「思いがけない発見」や「偶然がもたらす幸運」を意味する“Serendipity”と、“Digital Engineering”を掛け合わせて名付けました。
弊社は2022年から、「循環型デジタル・エンジニアリング企業」への変革に舵を切っています。つまり、お客様から得られたデータを集約・分析し、グループ内で知恵を出し合うことでお客様や社会の課題を解決しながら成長していく企業を目指しているのですが、実現するためにはデータが欠かせません。
また、ハードウェア中心の時代と違い、今はデジタル技術によって進化のスピードが早く、かつ複雑になっています。これまでの自前主義の考え方では、世界に太刀打ちできません。ですから、他社との共創が必要と考え、デジタル基盤はクローズなものではなく、オープンなプラットフォームにしました。私たちはBtoBのお客様が圧倒的に多いのですが、お客様のほうが様々なアイディアをお持ちです。課題をぶつけていただいて、一緒に考えて何かをつくっていくほうが効率的なのです。

サイロ化を解消してシナジーを発揮

鹿子木 「Serendie」を構築したことで生まれた新たなビジネスを教えていただけますか。

武田 鉄道向けのデータ分析サービスがあります。鉄道事業者は車両、電気、土木など、複数の系統から成り立っているため、全体の最適化が難しい状況にありました。たとえば、電車を走らせるとき、電気を使うだけではなく、ブレーキをかけると運動エネルギーが発生し、それを電気に変換して再利用することができます。しかし、全体最適ができていなかったため、この回生エネルギーがムダになっていました。そこで、鉄道運行時のデータをいただき、「Serendie」を活用して、分析したのです。エネルギーフローを見える化したことで、回生エネルギーの運用最適化ができるようになりました。

鹿子木 もともと御社では空調や電気、鉄道と幅広く展開されている。だからこそ実現できたのですね。

武田 弊社でも事業部ごとにサイロ化されていたかつての状況では難しいことでした。ですが、現在は異なる事業領域を融合させることで、新規ビジネスの創出が期待できます。
今年1月には、「Serendie」を推進する一環として、お客様やパートナー企業が共同で利用できる共創空間「Serendie Street Yokohama」をオープンしました。社内外、国内外の多様な人財、データ、技術がここに集うことで、社会の課題解決を目指しています。すでに7000人以上のお客様が来られたと聞いています。

共創の場からマインドセットを変える

鹿子木 “Serendipity”という言葉には、偶然が起こる確率を高める環境をつくるといったニュアンスもありますが、「Serendie Street Yokohama」はまさにそれを実現させる環境ですね。ここでは若い方が中心に活動されているのですか?

武田 マジョリティは若手ですが、仕掛けをつくっているのはベテラン勢です。ここではアジャイル開発が多いですが、ベテランは若手を見守りながら、必要に応じてアドバイスをするといった形です。

鹿子木 若手ならではの発想やフットワークの軽さと、ベテランの知見や経験値、それぞれのいいところを活かせるのは素晴らしいですね。
しかし、御社のような歴史のある企業で変革していくのは、難しいことではないですか。

武田 もちろん、すべてを一気に変えたわけではありません。お客様と共創している部隊もいれば、これまでと同様、ものを開発して販売する部隊もいます。まずは共創に携わる人たちから始めて、変革しなければならないという雰囲気を全社的につくることです。全員がマインドセットを変えなければなりません。
トップが変革を大きく打ち出したこと、そして「Serendie Street Yokohama」という共創の場を設け、新たな活動の様子を提示できたことも大きかったのでしょう。実際、共創の場で活動する者はもちろん、それ以外の事業所のメンバーも、自分たちも変わらなければいけないのではないか、という意識が芽生えているようです。

鹿子木 トップダウンのメッセージに加え、具体的な活動例を見せることで、全体に波及したのですね。
OTの現場でも変革のツールとしてAIが必須になっていますが、御社ではAIによって現場をどのように変えたいとお考えですか。

武田 工場やビルなどに展開している様々な制御機器や駆動機器から得られるデータと、熟練技術者の暗黙知や匠の技をAIに盛り込みたいと考えています。さらに機器の動きや摩擦など物理的な法則、「Serendie」に集約したデータなどを組み合わせることで、クラウド型AIによる中央集権型制御では難しい自律分散型制御が可能となります。目指すは完全無人化にしたオペレーションです。

鹿子木 単に技術を使うだけではなく、日本の製造業の強みを最新技術でどうつくり込んでいくか、ですね。

武田 海外の技術を単に取り入れるだけなら画一的になり、競争に勝てません。ロボット大国と言われていたように、日本は本来、独自のものをつくるのが得意で、製造技術においても世界に冠たるものがあります。
デジタル技術が進化を続ける中で、その価値を生み続けるのは信頼性の高いハードウェアだと考えます。そうした日本の強みであるエッジ(※2)に新たな技術やAIを融合させることが新しい価値の創出につながります。
日本の製造業には中小企業も含め、非常にいいものが実にたくさんあります。しかし残念ながらクローズされていて、スケールされていません。加えて、設備が古いが故に競争力が維持できない企業も多々あります。単独での開発が難しいのなら連携して共創する。そして、世界に向かってスケールしていくことが、日本の製造業には必要です。

※2 エッジ=工場の製造設備のセンサーやネットワーク端末の末端機器

鹿子木 「Serendie Street Yokohama」は、その土壌になるわけですね。

武田 目まぐるしく進化するAIやデジタル技術のスピードに対応するためには、オープンに共創することが不可欠です。そうして継続的に新しい価値を生み出すことが、やがて社会課題の解決や社会貢献へとつながっていくのではないでしょうか。共創の場が、日本の製造業の強さを高めることに貢献できればと考えています。

鹿子木 オープンな共創、日本の製造業の強みを活かした価値の創出、若手とベテランの連携など、有意義なお話をお伺いできました。ありがとうございました。

対談を終えて

三菱電機様は、マインドセットの改革や自前主義からの脱却に積極的に取り組まれています。同時に、DXの中核となるデジタル基盤「Serendie」を構築し、ビジネスユニットを超えた新たなソリューション創出にも力を注がれています。
武田様はインタビューで、日本の強みであるエッジへのAI実装の展望についても語られていますが、その実現にはセキュリティが不可欠であると強調されていました。その言葉にあるように、三菱電機様は米国のOTセキュリティ企業であるNozomi Networks,Inc.を今年9月に完全子会社化されています。それは単なる事業拡大ではなく、日本の現場を守る取り組みでもあることが伝わってきました。
新しい技術を積極的に取り入れつつ、熟練者の知見や暗黙知を活かす。技術と人材の新旧を巧みに融合させ、日本の強みを体現していくことの重要性を改めて感じました。(鹿子木談)

Profile

三菱電機株式会社専務執行役 CDO/CIO デジタルイノベーション事業本部長

武田 聡さんSatoshi Takeda

1989年入社。姫路製作所にてFAからキャリアスタート。FAの海外事業、製作所、国内事業に長年従事。その間、多くのM&A案件にも携わる。2022年FA事業本部長。2023年10月CDOに就任。2025年4月よりCDOに加え、CIO、新設のデジタルイノベーション事業本部長も兼務。同年、三菱電機デジタルイノベーション株式会社の代表取締役 取締役社長に就任。

横河デジタル株式会社 代表取締役社長

鹿子木宏明Hiroaki Kanokogi

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。2025年4月より横河電機株式会社執行役。博士(理学)。