
株式会社レゾナックの石油化学事業が分社化し、2025年に独立したクラサスケミカル株式会社。高圧ガス保安制度における最上位区分「特定認定高度保安実施者」(A認定)の取得に至る取り組みを牽引した、クラサスケミカルの滝波明敏さん、松下真也さん、そして認定取得に向けて伴走した横河デジタル佐藤秀紀が、その道のりとセキュリティの現在地について語る。
今回のソリューション
高圧ガス認定のためのサイバーセキュリティ対策
高圧ガス保安法では、経済産業省が高度な保安管理体制を備えた事業者を認定する「認定高度保安実施者制度」が設けられている。2024年度から、この制度に関する審査が開始されており、認定要件にはサイバーセキュリティ対策も含まれる。その中でも、より高度なリスク管理を実践していると評価された事業者が「特定認定高度保安実施者」である。
クラサスケミカル株式会社
大分コンビナート 大分現場力変革推進グループ グループリーダー
滝波明敏さん Akitoshi Takinami
現場力向上を目的に、DX推進やシステム高度化、OT関連技術導入、ドローン活用、生成AI検討など幅広く取り組む。さらに社外交流や技術交換会、教育企画を通じ、現場の知見拡大と組織の変革を継続的に進めている。

クラサスケミカル株式会社
大分コンビナート 工務部 計装グループ アシスタントマネージャー
松下真也さん Shinya Matsushita
プラントに設置された計測機器や制御機器、DCSなどの維持管理・保全を担当し、設備が安全かつ安定的に運転できる環境を守る。システム関連のセキュリティにも関わり、運用リスク低減や信頼性向上に貢献する。

──分社化後、早期に新認定制度「認定高度保安実施者制度」のA認定取得を目指されたそうですね。
滝波 A認定の取得は、高圧ガスを扱う事業者としての技術的能力・安全管理体制・法令順守の確立を示す重要な指標であり、独立後、信頼性の高い事業基盤を迅速に整えるうえで不可欠でした。また、安全性と安定供給の両立は、運転や設備管理の効率化、競争力の向上にも直結します。
認定要件として新たにサイバーセキュリティ対策が加わりましたが、サイバーセキュリティはレゾナック本社で担当しており、独立した弊社には専門部署がありませんでした。IPA(情報処理推進機構)の「制御システムのセキュリティリスク分析ガイド」に沿って自力でセキュリティ対策を進めようとしましたが、より確実な仕組みづくりが必要だと判断しました。また、認証要件の1つになっているPDCAサイクルによる保安体制の継続的改善についても、精度を高めたいと考えていました。そこでこの機会を成長のチャンスと捉え、制御システム領域のサイバーセキュリティ体制をしっかりと整えるべく、横河デジタルに支援をお願いしたのです。
松下 認定審査は2025年9月と決まっておりましたが、プロジェクトが本格的に動き出したのは同年5月に入ってからです。あまり時間がありませんでした。
佐藤 相談を受け、まず着手したのは、制御システム全体のセキュリティリスクの洗い出しです。全体像の把握から始めましたが、当初は松下さんの想定範囲と、私たちが整理したリスク抽出範囲に認識の差がありました。そこで何度も議論を重ねながら、「どこを対象とするのか」「どう分類し、どんな視点でリスクを抽出するのか」といった課題を1つずつすり合わせていきました。
松下 今回はIPAが示すリスク分析ガイドを参考にしつつ、システム全体を網羅的に把握するという基本方針に基づき検討を進めました。リスク分析ガイド自体は、全体像の把握を重視し、細部までは求めない構成となっています。しかし、佐藤さんとの意見交換を重ねる中で、制御システム特有のリスクを把握するためには細部も確認する必要があるという認識に至り、適切なバランスを探りながら内容を詰めていきました。 把握したリスクに対するセキュリティ対策は、今回対象としたプラントに限らず、他のプラントにも展開できるよう、汎用性を持たせて設計しました。その結果、コンビナート内には横河製のシステムが多いものの、他社製にもほぼ流用可能な構成となっています。また、従業員向けの教育を実施し、新しいシステムや体制への理解促進と意識づけを進めています。
何重もの備えでサイバー攻撃から守る
──2025年は企業へのサイバー攻撃が頻繁に発生しましたが、コンビナートに想定されるサイバー攻撃はどのようなものでしょうか。
佐藤 コンビナートを稼働させるシステムはIT領域(情報技術)とOT領域(運用技術)に分かれています。攻撃者がまず狙うのはIT領域である可能性が高いでしょう。IT領域のシステムが攻撃により停止すると、出荷や受注の広範な業務に支障が生じ、その影響でOT領域の製造システムも稼働を止めざるを得なくなります。それに伴い、製品を出荷できなくなる可能性があります。さらに攻撃がOT領域にまで及び、液体や高圧ガスといった危険物の制御に影響を与えれば、そのリスクは計り知れません。今回のA認定の要件でも、そうした事業継続リスクを想定したリスクの把握と対策が求められています。
滝波 弊社は高圧ガスを取り扱う重要インフラ企業として、石油化学分野の基礎素材を製造するプラントを運営しています。“産業の米”といわれるエチレンやプロピレンなどを生産し、パイプラインを通じて川下の多くの企業に供給しています。これらは、さまざまな製品の原料として広く利用されています。
万が一サイバー攻撃を受ければ、自社だけでなく、関係企業や社会全体へ影響が広がりかねません。また、高圧ガスという特性上、環境や地域の安全確保は最優先事項です。今回、改めてサイバーセキュリティの重要性を認識し、より一層対策強化が必要であると感じました。
松下 そうした一方で、弊社では、最新技術の導入だけが安全性を保証する方法ではないと考えています。デジタル化は利便性を高めるものの、ウイルス感染など外部攻撃のリスクも増大させます。そのため、重要な領域にはあえてアナログの仕組みを残し、堅牢性を確保しています。
例えば制御システムがウイルスに感染し、圧力が限界に達して危険な状況になったとしても、システムとは独立して作動する空気式の圧力制御ループがあります。これは電気を使用せず、空気さえあれば動作するため、外部攻撃やシステム障害の影響を受けません。このように、デジタルとアナログの双方を活かすことで、制御システム全体の安全性とセキュリティの向上に努めています。
佐藤 ご提案の際も、既存の安全機構とセキュリティの両方を考慮し、最も効果的に機能するバランスの取れた運用体制を築いていくことが重要であると認識しています。
セキュリティ対策を仕組みとして根付かせる
──認証取得に向けて動き出してから、社内の変化はありましたか。
滝波 社内全体のサイバーセキュリティへの意識は確実に高まりました。
継続的な改善を進めるため、既存の年度方針にセキュリティの考え方を取り込み、仕組みとして定着させています。具体的には、レスポンシブル・ケア(RC)※として毎年RC行動計画を策定していますが、そこに新たにサイバーセキュリティ項目を追加し、教育・訓練やPDCAの確認時期を明確にスケジュール化しました。こうして毎年確実に改善サイクルを回すことで、持続的にセキュリティ対策を強化できる体制づくりを進めています。
セキュリティ対策がここまで短期間で浸透したのは、正直、自社の取り組みだけでは難しかったと思います。当初は「コンサルに依頼する必要があるのか」という声もありましたが、今ではその効果を全員が実感し、納得しています。
※レスポンシブル・ケア=化学品を扱う企業が、開発・製造・物流・使用・最終消費・廃棄までの全過程で環境・健康・安全を守り、その取り組みや成果を公開し、社会と対話・コミュニケーションを進める自主的な活動のこと。
──今後の課題について教えてください。
松下 セキュリティを強化すると、手間が増えて不便になるという側面があります。しかし、例えばカードキーによる入退室管理は、一見面倒でも、人の動きが可視化され、設備配置や働き方の最適化につながります。不便の中にも新たな価値が生まれるのです。今後は、その価値をどう最大化するかがテーマになると捉えています。
滝波 加えて、利便性とセキュリティとのトレードオフを適切に評価できる、ITとOTの両方を理解した人材の育成が重要です。しかし、どのようにセキュリティを含めた技術レベルを高め、人材を確保していくかは大きな課題です。弊社では、核となる人物が徐々に守備範囲を広げていくことを想定しており、松下をスペシャリストとして位置づけています。個人的には彼を軸にサイバーセキュリティ人材を育成したいと考えています。 OT領域のサイバーセキュリティは弊社にとって新しい分野ですが、プラントを守るという使命は変わりません。今回の認証取得を起点に、DXとセキュリティを両輪とした高度情報化プラントの実現、安全を守る仕組みづくり、そして脱炭素への挑戦など、重要インフラ企業としてさらに進化を加速させ、さらなる価値創出にも取り組んでいきたいと思います。
認定取得支援にとどまらず、永続的なセキュリティ向上を支援
横河デジタル株式会社
セキュリティ事業部 セキュリティコンサル部長 情報処理安全確保支援士
佐藤秀紀 Hidenori Sato

各種認定取得を契機にセキュリティ強化へ踏み出す製造業の企業が多く、システムのリスク把握や対策について相談を受ける機会が増えています。私たちが重視するのは、一時的な対応ではなく、継続的に運用できるセキュリティ基盤を築くこと。そのためには社内体制を整え、自走できる状態をつくる必要があり、経営層にも投資意義を理解していただかなくてはなりません。
コンサルタントとして心がけているのは、机上の提案に終わらせず、現場に赴き対話を重ねる姿勢です。お客様の業務は一辺倒ではなく、私たちの知識が及ばないところはたくさんあります。だからこそ丁寧なコミュニケーションを行い、複数の選択肢を示しながら最適解をともに考えます。 サイバー攻撃は日々高度化しているため、つねに情報をアップデートし、お客様自身がシステムを守れる仕組みづくりを支援していきます。
COMPANY INFORMATION
クラサスケミカル株式会社
本店/大分県大分市大字中ノ洲2番地
https://www.crasus.co.jp/
国内トップクラスの競争力を誇る石油化学メーカー。「明日のくらしを化学で支える」というパーパスのもと、アジア最強の石油化学コンビナートの実現に向けて取り組む。安全最優先と安定操業による製品供給を徹底し、プラントのスマート化や省エネルギー、原料多様化などによって最適効率運転を推進。また、ノーベル化学賞受賞者である京都大学・北山進特別教授らと共同でCO₂分離回収技術の研究を進め、脱炭素技術の実用化にも力を注ぐ。
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