
(中)DX-IT本部 GDX推進部 DMP推進グループ 石内聡史さん
(右)DX-IT本部 GDX推進部 DMP推進グループ 真田響さん
伊澤 DX推進の柱の1つである「研究開発・生産技術シミュレーション」の取り組みとして、「R&Dナレッジ管理基盤」(以下、本基盤)の整備を進めています。これは、報告書、プレゼン資料、実験記録、考察メモなど、研究開発で生まれる膨大な知見を一元管理し、必要な情報に迷わずアクセスできるようにするためのプラットフォームです。 従来は研究所や部署ごとに保管方法や管理ルールが異なり、全社として体系的にナレッジを蓄積できていませんでした。こうした課題を解消するために2021年から構想をスタートさせ、2023年に本格的なシステム構築に着手。2025年5月にはグループ全体で運用を開始し、現在は1000名以上の研究者・技術者が利用しています。
(↓)R&Dナレッジ管理基盤

石内 弊社は事業領域が幅広いことから共通化は容易ではありません。樹脂、化学品、繊維など、扱う製品が異なればそれぞれ文化も異なり、報告書の書き方や管理方法も部署ごとに大きく違います。とはいえ、全社で完全に統一したルールを敷けば、どこかに必ず無理が生じてしまう。そこで最低限そろえる項目と現場に任せる部分を分ける方針にしました。報告者、関連キーワード、文書種別などの基本情報は統一しつつ、それ以外は過度に縛らない設計とし、自由度を残すことで各部署が使いやすい形式を保てるようにしています。
伊澤 とくに専門用語は同じ言葉でも事業分野によって意味が異なったり、逆に同じ意味でも表現がばらついたりすることが課題でした。そこで、用語の違いを整理し、関連づけるような仕組みをシステムに組み込み、検索性を高めています。私が研究所、石内が事業部の研究開発部門の出身ということもあり、「この作業は負担になる」「この言い方は伝わらない」といった現場の感覚も踏まえて設計しています。
石内 私は各部署を回ってヒアリングし、まずはどんな文書を作り、どこに保管しているかを把握することに努めました。そこではユーザーの困りごとがうまく言語化されないケースが多く、こちらから具体的な使い方を提案しつつ課題を推察し、一緒に最適な形を考えるアプローチが大切でした。部署によって反応は様々ですが、対話を重ねるほど無理なく使ってもらえる形が見えてきます。
真田 その橋渡しとして各部署に配置しているのがデータスチュワードです。部署内で本基盤に詳しい人を一名置き、簡単な疑問は部署内で解決してもらう。全社的な課題だけが私たちに集まり、改善点が明確になるため、システム改修のサイクルも回しやすくなりました。当然ながら本基盤は導入して終わりではなく、使われ続けることで価値が高まるものなので、現場との連携は欠かせません。
システム構築では使いやすさを徹底的に追求しました。初期テストでは登録に15分以上かかる場合もあって、「これでは使わない」という厳しい声を受けました。改善を重ねてテキスト解析時間を短縮し、現在では1分以内で登録できるようになっています。
伊澤 ナレッジを貯める文化を根付かせるには、いかに負担を減らせるかが鍵になると思います。月報など主要文書は本基盤に登録する流れが定着しつつあり、散在していた文書を1か所に集めるという最初のハードルを越えられたのは大きいですね。
機密と共有を両立しながら、カタログ感覚で使えるものに
真田 研究文書には機密性の高い情報も多いため、社内限定とはいえ、すべてをオープンにするわけにはいきません。そこでアクセス権限を段階的に設定できる仕組みを導入しました。「タイトルは検索に出したいが中身は非公開にしたい」「特定の人だけ閲覧できるようにしたい」といった柔軟な設定が可能です。
伊澤 タイトルだけ見える仕組みは、いわばカタログのようなものです。存在だけでもわかれば、「別の部署で似た研究があるらしい」と気づけますし、それが問い合わせや協業のきっかけにつながります。
石内 もちろん情報共有に抵抗のある部署もありますが、その場合には、自部署内だけでも蓄積する価値が大きいという点を伝えています。後任の研究者が過去の文書をたどりやすくなるだけでも教育効果は大きいですよと。さらに、手書き文書や紙資料が大量に残っている部署もあるため、そうした資料をOCRで取り込むことも検討しています。
伊澤 実は昔の報告書には現在の研究に直結する貴重な示唆が多く含まれているのです。たとえば70年代には実現できなかったアイデアも、現在の技術なら再挑戦できるかもしれません。また、失敗の記録が次の成功につながることもあります。実際に、過去の情報を掘り起こして活用した事例も存在します。だからこそ、長年の知見を体系的に整理し、誰もが使える形で残す必要があります。
真田 ナレッジの価値は貯めることと引き出せることの両方がそろってこそ生まれます。そこで検索機能にはとくに力を入れており、ユーザーからも「探しやすくなった」という声をいただいています。
中でも特徴的なのが「ナレッジグラフ」です。文書、キーワード、報告者などの情報同士のつながりをクモの巣状に可視化するもので、これまで気づかなかった部署間・研究者間の関係性が見えてくる。そこから新たな価値創出が期待できます。
今後も、ユーザーの負荷をさらに下げる余地はまだまだあるため、登録・検索機能ともに継続的な改善を進めていきます。
AIの活用で、より効率的に引き出せるナレッジへ
真田 AI活用も大きなテーマです。専門性の高い文章をAIが扱う際、非構造化データだけだとハルシネーション(誤った回答)が起きやすいという課題があります。しかし本基盤には、キーワードや文書間の関係性といった構造化データが蓄積されているため、AIの精度向上にも寄与します。
さらにチャットボットによるナレッジ検索も検証を進めています。将来的には単なる検索にとどまらず、登録されたキーワードや関連情報をもとに、AIが提案まで行える活用も視野に入れています。
石内 これまでお話ししたのは国内での取り組みですが、本基盤をグローバルで活用できるようにするため、海外展開に向けた取り組みも進めています。海外は文化や習慣、文書の捉え方が日本と大きく異なりますし、拠点によっては独自の文書管理基盤を使っているところもあります。日本よりも課題は多いものの、最近ようやく複数拠点を回り、対面で話すことで文書管理の背景や考え方への理解が深まり始めました。
伊澤 全社統一のプラットフォームづくりは地道な作業です。それでも歩みを止めず進められるのは、メンバー全員が会社に蓄積されてきた経験や価値をつなぎ合わせたいという想いを共有しているからにほかなりません。R&Dナレッジ管理基盤が知の連鎖を生む場となり、100年企業として育んできた知という財産を未来につなぐ土台になればと考えています。
(↓)本基盤の活用スケジュール
