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DX Here&Nowデジタル化や情報化だけではDXにはならない

通商産業省(現・経済産業省)出身で、東京通信大学情報マネジメント学部教授の前川さんに、とりわけ企業の経営層に向けてのDXへの取り組みについて伺いました。

──DX(デジタルトランスフォーメーション以下DX)とは、そもそも何でしょう。

 DXと、従来の情報化やデジタル化と区別がついていない方が非常に多いと思います。デジタル化に相当する英語には、デジタイゼーションとデジタライゼーションの2種類があります。デジタイゼーションは従来のアナログデータをデジタル化し体系化することです。
 次に、ITを使ってプロセスを自動化し合理化すること。そのプロセスを見直すことがデジタライゼーションです。
 そしてデジタルを前提に、既存のできあがっている組織や仕組みなどを変革することがDXです。

──従来から現在へとビジネスモデルで変化した事例はありますか?

 例えば音楽ビジネス。80年台前半まではレコードでした。しかしサイズが小さく取り扱い便利で容量が少し大きいCDが登場し、80年代後半から急激に普及しました。
 このレコードからCDへの変化は、まさにアナログデータのデジタル化なのでデジタイゼーションです。
 そしてインターネットが普及し、ネットで音楽をダウンロードできるようになると、音楽がダウンロード販売されるようになります。これがデジタライゼーションです。
 CDからネット配信に変わったというのはプロセスの変化です。レコードもCDも音楽を入れた商品。卸売小売を通して販売という流れで消費者は購入する従来のビジネスモデルから、ダウンロードさせる方法へ変更したことで一挙に直接配信ができ、市場も広がりました。
 余談ですが、90年代に、デヴィッド・ボウイが、新曲を直接本人のサイトからダウンロードできるようにしたのですが、これはもう究極の中抜きでしたね。
 ダウンロード販売によって音楽の流通は変わったのですが、音楽という情報財を販売するという点では同じです。単に流通がパッケージではなく、オンライン配信されるファイルに変わっただけです。音楽という財を売買するというビジネスに変わりはないし、消費者も音楽を購入して楽しむという形も同じです。
 現在欧米では音楽ビジネスはダウンロードからサブスクリプションに変化しています。日本ではまだCDが売れていますが、世界はサブスクにシフトチェンジが完了している状況です。
 では、サブスクで何が変わったかというと、これは音楽という財を売ってるわけじゃない。好きな音楽をいつでもどこでも聞けるサービスを有料で提供している。つまり製品の販売からサービスの提供にビジネスが変わったということです。
 消費者も、音楽を自分で保有するのではなくて、音楽を聴く権利を買う。そしていつでもどこでも1億曲以上の音楽を楽しめるようになりました。もちろん毎月お金を払います。払うのを止めたらその時点でもう聴くことができない。だからCDで買う、ダウンロードで買うということとはまったく違うのです。
 つまり消費者側では「所有から利用へ」のパラダイムシフトが、ベンダー側では「製品販売からサービス提供へ」のパラダイムシフトが起きたことになります。

──改めてお伺いしますが、DXの本質とは何でしょうか?

 音楽ビジネスのようなことが至る所で起きています。最初に申し上げた通り、誤解が一番あるのは、従来の情報化・デジタル化との混同です。デジタイゼーションはアナログ情報のデジタル化、デジタライゼーションはデジタル技術を使ったプロセスの合理化、効率化です。
 しかしDXはそうではなく、デジタル技術を前提にして、自分たちの行っているビジネスや経営、組織など。そういったものを見直す、再構築をする、そこにDXの本質があるのだと私は思っています。
 今回のDXブーム、日本での引き金になったのは、おそらく経産省のDXレポートですが、デジタル技術により大きく環境が変わったことを強調しています。その中で企業が顧客や社会のニーズをもとに、自分たちの製品・サービス・ビジネスモデルの変革を行い、企業文化や風土を変革し、さらに競争上の優位性を確立することがDXであると定義しており、かなりビジネス寄りにDXを定義していますね。

経営目線で考える
DXビフォー・アフター

──経営戦略を考える立場の人間はどうDXを捉えるべきですか?

 経営者の役割も、大きく変わります。これまでは、経営者は指示や命令し管理をする、というのが仕事でした。しかしこれからは先行きが見えない不透明な時代になっています。その先のビジョンを作る必要があります。リーダーシップを発揮し明確な目標を社内全体へと提示することが重要な仕事になります。
 以前は何をなすべきかが分かっていたので、いわゆるPDCAサイクルで良かった。しかし未来が予測不能な現在に必要なのはOODA※1ループです。OODAループを回し続けることで変化に対応できます。
 従来のレガシーシステムがデジタルによって破壊される市場があります。だからこそ、それに代わる市場を創っていく。あるいは顧客の満足度を高める必要があるのです。

──そのデジタルにより破壊される市場とは何でしょうか?

 デジタル技術により既存の企業やビジネスが破壊される現象を「デジタル・ディスラプション」と呼びます。例えば、デジカメによって写真フィルムビジネスは破壊されました。
 デジタル・ディスラプションを克服した事例もあります。ワシントンポストは、ワシントンDCを中心とした地方紙で、かなり経営が悪化していました。そんな中会社を丸ごと買収したのがアマゾンのジェフ・ベゾス。彼はワシントンポストを買収後、当時の経営幹部や編集主幹に、「ネットは新聞ビジネスを破壊したが、贈り物もある。なぜその贈り物を受け取らないのだ」と語ったそうです。そこからワシントンポストは、ネット企業に変身を遂げます。
 従来は新聞発行に合わせて編集を行っていましたが、それを24時間体制にして、タイムリーにニュースを配信するようになりました。
 かつてはワシントンDCを中心とする地方紙だったのですが、現在は全米、全世界に読者がいるニュースメディアになりました。紙媒体からインターネット中心のメディア企業へと大きく転換をして、ワシントンポストは成長しています。読者数も記者の数も増えています。
 でもやっていることは以前と同じ、権力の監視者であるという使命を守り、非常に質の高いジャーナリズムを維持しています。破壊されていく産業や業種の中でも、自らを変革して生き残っていく企業があるのです。
 これまで、経営陣はリスク回避・前例主義・限定主義でした。しかし現在は、何をやれば良いか分からない時代。だからこそOODAループを回して、様々なことにチャレンジをする。環境の変化に対応して、どんどん新しいことを行う、失敗しても良いから進み続ける。そうやって事業だけでなく会社の組織や文化を変えて行かなければ生き残っていけなくなるでしょう。

※1 Observe(観察)→Orient(判断)→Decide(決定)→Act(実行)。この一連の流れを繰り返していく。

RECOMMEND

前川さんが、最近読んだ本で一番面白かったとオススメの本。AIは第二の電気になる!とは、いったいどういうことなのか?

「AIはすべてを変えるRULE OF THE ROBOTS」マーティン・フォード著 松本剛史訳 日本経済新聞出版 ¥2,750(税込み)

PROFILE

1978年通商産業省(現・経済産業省)に入省、
同省 機械情報産業局情報政策企画室長
JETRO NYセンター 産業用電子機器部長
IPAセキュリティセンター 所長
早稲田大学 国際情報通信研究科客員教授
富士通総研 経済研究所 主任研究員