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鹿子木宏明のDX対談旭化成株式会社 久世和資さん

第1回は、旭化成株式会社取締役兼専務執行役員、デジタル共創本部長である久世和資さんにお越し頂きました。同じ技術畑出身のふたりが語り合った、DX導入の課題とその方法とは?

鹿子木 経歴をお聞かせ頂けますか。
久世 大学と大学院でプログラミング言語やコンパイラ、システムソフトウェアを専門に学び、1987年にIBM基礎研究所に入社しました。主に新しい言語の開発などに携わり、ご縁があって2020年の7月に旭化成に入社しました。
鹿子木 情報系からメーカーへと、分野がまったく異なりますが、戸惑いなどはありましたか。
久世 IBMでオブジェクト指向の言語開発、研究開発をしていた当時、これらを使いたいという要望が金融業や流通業、製造業のお客様からありまして。そうした課題解決のプロジェクトに加わる機会が多く、戸惑いはあまり感じませんでした。ただ、IBMは世界170か国以上に展開するグローバル企業です。30万人以上の社員が従事していますが、どこにどんな社員がいるか、事業やプロジェクトが動いているかなど、全世界、全事業部で情報が共有されている、とてもオープンな環境でした。一方、旭化成は自由闊達な企業風土を持ち風通しはいいのですが、事業部ごとにデータと情報を大事にしすぎるきらいがあります。どの部署が何をやっているのか分からず、海外展開しているグローバル企業の社員の顔が見えない。そうしたところが大分違うと感じました。
鹿子木 最初のミッションは、そのへんを改革することでしょうか。
久世 そうですね。DXを手伝ってほしいと。入社して驚いたのは、旭化成は2015年あたりから積極的にDXに取り組んでいたということです。日本の製造業、とくにマテリアル、素材産業の中では一番進んでいる企業ではないかと。それを全社展開する仕組みを作るのが私の役割でした。

全社で“熱心”に取り組む
デジタル人材育成プログラム

鹿子木 デジタルを手段に変革する。変革となるとやはり人が要ですね。旭化成は「HRX of The Year 2022」の優秀賞を獲られています。人材育成に関しては現場から全社まで非常に熱心に取り組まれていますね。
久世 「DXオープンバッジ」というプログラムを21年の4月に発表しました。全社員約4万人が対象の人材育成プログラムで、社内からもそれはなかなか難しいと。けれどもDXのXの変革で組織風土と、やはり人も変えていく、デジタルのバッジを使って成長していくことですね。
 教材も内製化しました。重要なことは、これは強制、業務命令ではなくて、自分で取りたいなと思って取ってもらうこと。そこはかなり大事にしています。
鹿子木 教材を内製化されたとのことですが、大変な作業だったのでは?
久世 そうですね。レベル1、2、3と、その上にプロフェッショナル人材に向けたレベル4と5があります。これら全部のカリキュラムや教材を用意してからスタートというとやはり2年、3年とかかってしまう。まず全体の枠組みは5段階でやりましょうと決めて、それからレベル1に4コースを用意しました。
鹿子木 なるほど。とくにアドバンストなコースは実際の仕事に関係したところで教材を作らないとなかなか厳しいですよね。

久世 おっしゃる通り、そこが非常に重要です。プロフェッショナル人材育成は、MI(マテリアルズ・インフォマティクス)の教育も統計・多変量解析の教育も、座学だけでなく現場の課題を一緒に解いていくことをやっています。特にプロフェショナル人材育成にはコーチングやメンタリングが重要です。そこで、データサイエンティストを派遣してサポートしています。
 それから製造系ですと、仮に現場の大きな課題がデータ解析で解けたとしても、原理原則の裏付けがないと現場としては受け入れられないんですよね。現場の製造装置や製造ライン、そこで何が起こっているのかと、そのあたりを紐解いていかないと。対策として、設備のプロセス設計などを実際に主導され、定年を迎えられたトップエンジニアの方々に再雇用の形で残って頂き、一緒に課題解決に取り組んでもらっています。
鹿子木 素晴らしいですね。そういった方たちにはこれまで蓄積した知識がありますし、経験がまったく違いますから。やはり、魂が入った教材やコーチングなど、リアルに現場に根ざした教育コンテンツがとても大切だということですね。
 ではDXを取り入れたいという製造業は、まずはどのように進めるのがいいと思われますか。
久世 我々は人材育成を全社員対象とプロフェッショナル人材の2本立てで進めています。プロフェッショナル人材の育成には時間がかかりますから、全社員の育成を早く始められるといいかと思います。ただ、デジタルというのは技術革新が早いので、常にアップデートをしないとすぐに教材も陳腐化してしまう。それは大変なので、複数社で一緒に進めるのがいいなと思っています。
 私もよく、デジタルに強い人が現場の業務を覚えたほうが早いのか、業務に長けた人がデジタルの知識を身に付けたほうがいいのか、との質問を受けます。私は後者だと思っています。そうすると、ものづくりの日本の製造業で、強い現場に対してデジタルをどのように効果的に取り入れていくかが肝になると思うんですね。やはり現場ありきで進めていかないといけません。現場が腹落ちして、これは一緒にやっていくべきだ、というような機運が醸成されないと進められないと思います。ですから、やはり現場密着型、現場をよくよく理解しながら相談しながらどうやってデジタルを導入していくか。そこが大事だと思います。
鹿子木 おっしゃる通りです。現場には日本の製造業を支えてきた様々な技術が蓄積されていて、同時に文化も育んできました。そうしたものが、日本の製造業を支え、それがあってこそ、自発的に新しい技術を取り入れてさらに発展させていくことができたと。そこが日本の製造業の国際競争力における差別化の源泉になっているのだと思います。

デザイン思考で徹底的に
潜在ニーズまで汲み取る

久世 それから新規事業を立ち上げることはかなり難しいところで、これには多様なメンバーの参加を促し、多様な経験者の知見を集めて進める必要があるんですね。そこでデザイン思考とアジャイル開発を組み合わせた旭化成Garageというものを始めました。
 かつては品質がよくて高機能なものを作っていれば、それだけでマテリアルは事業になったわけですけれど。このマテリアルの事業ですら、我々のお客様はどういったことをしたいのだろうか、どうやって材料を使うのか、お客様のさらにその先のお客様は何を求めているのだろうか、と、そこまで追求しながらやっています。お客様の単純なニーズだけではなく、ペルソナを作り上げて潜在ニーズまで汲み取り、こんな用途って本当にあるの? といわれるところまでデザイン思考で徹底的にやります。
 ものづくりには原理原則がとても重要ですが、デジタルは現場からするとふわっとしているんですね。Garageというのは、違った視点を持ち込むなどの、ひとつの手段だと思います。アイデアを発散させるように仕掛け、そういうことを通して、人材も育ってくると思います。
鹿子木 現場が腹落ちするようなデジタル技術と教材コンテンツを同時に導入するというお考えは素敵ですね。本日は久世様のDXに対する深いお考えをお聞かせ頂きました。ありがとうございました。

PROFILE
旭化成株式会社
取締役兼専務執行役員/デジタル共創本部長久世和資さん

1987年に日本IBM入社。東京基礎研究所にてプログラミング言語やソフトウェアエンジニアリングの研究に携わる。2005年に執行役員。東京基礎研究所所長、システム開発研究所長、サービスイノベーション研究所長、未来価値創造事業部長等を歴任し、2017年に最高技術責任者(CTO)。2020年7月に旭化成に入社、執行役員エグゼクティブフェロー。2022年6月より取締役 兼 専務執行役員 兼 デジタル共創本部長。工学博士。

横河デジタル株式会社
代表取締役鹿子木宏明

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。横河電機IAプロダクト&サービス事業本部インフォメーションテクノロジーセンター長を経て2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。理学博士。

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