アラミド繊維や炭素素材などの産業用高機能素材、衣類用の一般素材に加え、ヘルスケア分野まで幅広く展開する帝人株式会社。デジタル・情報分野における全社統合とグローバル最適化に向けて指揮を執る帝人グループ執行役員 デジタル・情報システム管掌の舩生幸宏さんに、横河デジタルの鹿子木がDXの考え方について迫ります。

鹿子木 舩生さんは昨年4月より帝人のDX推進を主導されていますが、それ以前からも他社で長年DXを牽引されてきました。その職務に就くきっかけはどのようなことだったのでしょうか。
舩生 大学卒業後は技術者として、金融機関向けのシステム開発をしていました。当時としては最先端のデリバティブ商品等のディーリングシステムです。新しい分野でしたので、社内に知見がありませんでした。このとき、ゼロベースから仕事を進める環境に放り込まれたことが、結果的に自身を鍛える経験になったと思います。
次に転職した企業では、そうしたシステムを使い、ネット証券やネット金融サービスの立ち上げを手掛けました。そこでは子会社のCIOも務めていました。経済学部出身で経営への関心も強かったこともあり、その頃から経営と技術の両方に関われるポジションを意識し始めたのです。キャリアの軸を定め、当時は製造業色が強かったソニーに移り、CIOオフィスの一員としてグローバルITトランスフォーメーションに従事しました。
鹿子木 以降、製造業のトランスフォーメーションに携わられていますが、共通の課題は何でしょうか。
舩生 日本の製造業は国内で技術開発を行い、高品質を競争力の源泉として輸出によって成長してきました。その後、円高を背景に海外生産・販売を拡大し、世界各地に生産・販売拠点を設けましたが、その過程でプロセスやシステムの標準化をほとんど行ってきませんでした。現在、グローバル展開は一巡し、新たな市場が限られる中で、今度は最適化が必要なフェーズに入っています。しかし、拡大することは誰もが積極的ですが、統合や削減となると誰もやりたがらない。つまり、多くの企業がこれまで先送りにしてきたこれらの課題を解消していくことが、今まさに求められています。
欧米企業は役割と責任の所在が明確で、プロセスを標準化しやすい一方、日本企業は現場の自律性が高く、柔軟な改善を強みとしてきました。しかしその半面、プロセスが個別最適に陥り、データがサイロ化するという問題を抱えています。AI時代においては、データのカバレッジ(網羅率)が企業の競争力を左右するため、これは大きな弱点ですね。

鹿子木 日本の強みだった部分が、デジタルの時代になって、今や裏目に出てしまっている。
舩生 帝人も素材メーカーとして技術力があるにもかかわらず、PBR(株価純資産倍率)が低迷しているのが現状です。その原因は、グローバル展開しているものの遠心力が強いために組織として一体感が不足し、相乗効果が出ていないことが大きいでしょう。
世の中は「モノ売り」から「コト売り」にシフトしています。しかし弊社は、基本的には製品そのものを提供するビジネスモデルです。この「モノ売り」を、いかに「コト売り」へ転換していくか。その鍵となるのがデジタル活用であり、ここが私たちのDXにおける最大の注力ポイントです。社内ではこれを「顧客近接型」と呼んでいます。お客様により近い立場で価値を提供し、単なる素材供給にとどまらないソリューション企業へと進化することを目指そうという考えです。
まずは全社教育でデジタルリテラシーを底上げする
鹿子木 具体的にはどのように進められているのですか。
舩生 2023年にDX推進部(現・DX戦略部)を設立し、主に2つをテーマに力を入れてきました。1つめは人財教育で、全社員向けのDX基礎教育を実施。その次の段階として、DXを牽引するビジネスアーキテクト人財の育成を進めています。
もう1つは、社員一人ひとりがDXを自分事として捉え、デジタル技術やデータを積極的に活用する自律的なDXの推進です。例えば工場では、AIを活用した品質改善や画像解析、ナレッジ活用などのユースケースを積み上げてきました。ただし、全社横断での展開や、明確なビジネス成果の創出にはまだまだ課題が残っています。
鹿子木 教育を進めて草の根活動は起きているけれども、全社まではなかなか広がらない。これは多くの企業が直面しているポイントですが、御社ではどのように突破しようとお考えですか。
舩生 現在は、DX以上に目的を明確にしたAX(=AIトランスフォーメーション)にフォーカスしています。AIの適用目的を売上向上、またはコスト削減、つまり生産性向上と明確化し、事業部ごとに数値目標を持ったプロジェクトとして推進する体制への移行です。
その一環として、生成AI技術を活用したプラットフォーム「Teijin Brain」では、ナレッジマネジメント領域から整備を進めています。本社DX戦略部はこうしたプラットフォームの整備や教育などサポート業務を担い、各事業部がビジネス成果を出すという役割分担です。
鹿子木 DXの“D”の概念は広いので、AIにしぼると、よりビジネス効果をイメージしやすくなりますね。
舩生 そう思います。また、人財教育、自律的DX以外にも、セキュリティの強化、グローバルITトランスフォーメーションにも注力しています。
鹿子木 製造業では、デジタル化が進んでプロセスが均一化していくと、コピーが容易になるほか、他社との差別化が図りにくくなる印象があります。その点はどのようにお考えでしょうか。
舩生 かつて日本の強みだったエレクトロニクス産業はデジタル化されすぎたため、他国に真似されてしまいました。そうした事態を避けるには、肝心なところは人が対応しないとできない部分を意図的に残しておくことです。
鹿子木 デジタル化することにも、作戦が必要なのですね。
最後に、御社と同様の課題を抱える製造業に向けて、DXの進め方についてアドバイスをいただけますか。
社内に目を向け、グローバル視点を持つこと
舩生 まず強調したいのは、変革の答えは社外ではなく、社内にあるということ。DXを進めるには、現在と将来の姿を明確に定義しなければなりません。例えば弊社では「顧客近接型の企業になる」といった将来像を掲げていますが、こうしたビジョンは抽象的になりやすいのも事実です。実は多くの企業では、必ずしも主力事業とは限りませんが、その将来像をすでに体現している事業が社内に存在しているはずです。それらを見つけ出し、あえてモデル化・テンプレート化することが重要です。自社内の事業を示すことで、「これが目指す姿だ」とリアルに理解できるようになります。
もう1つのポイントは、グローバル視点です。人口減少が進む日本において、製造業が成長を続けるには、海外市場での事業拡大が必須です。そのためには、DXやITもグローバル対応を前提に戦略を立てなければなりません。
しかし現状は、日本は日本、海外は海外と、ITやDXの進め方が分断されている企業も少なくありません。その結果、標準化が進まず、シナジーも生まれない。IT部門も国ごとに独立し、同じ取り組みを別々に行っているケースも見受けられます。これをグローバルで統合し、知見や人財を束ねることで、業務の最適化が可能になります。そこで生まれた余力を新たな価値創出に向けることもできるでしょう。
今後の成長の源泉は、海外市場とグローバルな技術力の強化にしか見出せないと私は思います。だからこそ、このテーマには本気で取り組むべきだと感じています。
以上の2点が、これまでの経験からお伝えできることです。
鹿子木 ありがとうございます。将来のビジョンは、必ずしも新しいものを一から作る必要はなく、社内に埋もれている雛形を見つけ、それを拡張していくことが大切だということですね。
また、世界で戦うためには、インフラやデータの整備・最適化が欠かせず、その過程でセキュリティなど考慮すべき点もさらに増えてくる。大変示唆に富むお話をありがとうございました。

対談を終えて
舩生様は、DXを経営全体の視点から捉え、グローバルスケールで自社の変革をどのように描くかが重要であると語られました。その考え方は、DXの本質を捉えるうえで示唆に富むものでした。
また、DX推進のヒントは必ずしも社外に答えを求めるものではなく、実は社内の取り組みの中にすでに芽として存在しているという点も示されました。新たな挑戦は、必ずしも他社のやり方を取り入れたり、ゼロから生み出したりするものではなく、社内にあるこれまで光が当たってこなかった社内文化や活動の中から見出し、それを可視化・共有することで、目指すべき姿を組織全体で共有しやすくなるという考え方です。
さらに、「DX」という言葉にとらわれることなく、企業として着実に成果や価値を生み出すために、何を軸に据えるべきかを明確に示すことの重要性にも言及されました。対談で語られた内容は、同じ製造業に携わる多くの企業にとって、現実的で参考となる視点が数多く含まれていたのではないでしょうか。(鹿子木談)
Profile
帝人株式会社 帝人グループ執行役員 デジタル・情報システム管掌
1990年NTTデータ入社。その後、ソフトバンクファイナンス(現・SBIホールディングス)を経て、2003年にソニーへ移り、グローバルITトランスフォーメーションを推進。2018年3月、横河電機の執行役員(CIO)兼デジタル戦略本部長に就任。2019年4月からデジタルソリューション本部DXプラットフォームセンター長を兼務。2025年4月より帝人株式会社。現在に至る。
横河デジタル株式会社 代表取締役社長
1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。2025年4月より横河電機株式会社執行役。博士(理学)。