【鹿子木宏明のDX対談】ソニーグループ株式会社 執行役 CDO 小寺 剛さん

「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」をパーパスに掲げるソニーグループ株式会社。グループ会社がエレクトロニクスからエンタテインメントまで多様な事業を擁する同社では、どのようにDXを推進しているのか。CDOの小寺剛氏にその戦略と考えを伺いました。

鹿子木 R&DやAIを含め、CDOとして幅広い領域を統括されているとお聞きしています。

小寺 意外に思われるかもしれませんが私は文系出身で、キャリアの出発点は経営企画です。テクノロジー全般を統括する立場になるとは、当時は想像していませんでした。ただ、数字を軸に経営や商品を捉えるところからキャリアをスタートさせたことから、経営のみならず、ものづくりにおいてもデータドリブンな視点を持つことにつながっています。

入社当時、世の中はアナログからデジタルへの転換期にありました。その後、アメリカに23年間駐在しましたが、その間にテクノロジーの進化と並走するかたちで、ビジネスモデルもハードウェアの売り切りからサービスやソフトウェアによるリカーリング、プラットフォーム販売、さらにはデータ・AIドリブンでエンゲージメントを重視する方向へと大きく変化しました。私自身、ソフトウェア、ネットワーク事業、プレイステーションのクラウド展開など、幅広いカテゴリーを経験し、テクノロジーとビジネスモデルの変革に近いポジションで関わる機会を得ました。こうした経験が、現在の職務に生きていると考えています。

加えて、弊社はエンターテインメント領域を有しており、市場・顧客の理解に加え、クリエイターの視点も不可欠です。作り手と使い手の双方から複眼的に考えることが必須だと、これまでの経験を通じて認識しています。

鹿子木 非常にユニークなご経歴です。現在CDOとしてDXをどのように定義し、推進されていますか。

小寺 DXとは単なる業務効率化ではなく、創造と意思決定の基盤であると捉えています。最終目的は事業成長にあります。効率化によって生まれた余力をどこへ再投資するかが要であり、効率化はその起点にすぎません。各事業が創造性と意思決定の質を高め、顧客ニーズに応えていくための手段の一つです。

そして、個社の成長を支援しながらも、グループ全体の企業価値向上につなげるためには、共通項を見出し、デジタルの力で結びつけることが重要です。グループ本社が個社では賄えない機能を提供し、さらに事業横断の共創を生み出すことで、結果として事業機会の拡大につながります。その基盤として、グループ横断型のデータ利活用プラットフォーム「Sony Data Ocean」を構築しました。複数事業のデータを掛け合わせることでファン層の重なりが見えます。

鹿子木 多岐にわたる事業領域の中で共通基盤を構築するのは容易ではないと思われます。何を各事業に委ね、何を本社で共通化するか、その判断軸をどのように設けていますか。

小寺 「コアとコンテキスト」という考え方で整理しています。各事業の成長に直結する固有の強み(コア)は各事業が主体的に投資し、差別化に直結しない部分(コンテキスト)はグループ横断で共通化して重複投資を抑制する、ということです。

「コア」を問い直す共通基盤の設計思想

鹿子木 真のコアをどう見極めるのでしょうか。

小寺 正直、私自身も日々苦慮している部分です。ただ、「それは本当にコアか」と丁寧に問い直すことで、実際のコアは想像以上に限定的であると見えてきます。

また、多様なニーズや環境変化に対応するには、できる限りシンプルで柔軟なアーキテクチャを土台とし、その上に適切なオプションを用意することが求められます。自由度とガバナンスのバランスを取りながら設計することで、過剰投資や無駄を防ぐことにもつながります。各事業が個別に選択肢を拡張すると、情報セキュリティやコンプライアンスのリスクも高まるため、一定のルールのもとで整備する必要があります。
その役割を担うのが本社です。選択肢をひとつのサイロに閉じるのではなく、他事業でも活用できる形式で提供し、共通基盤として機能させていきます。

鹿子木 本社と各事業との対話は、どのように設計されていますか。

小寺 グループ各社のDX担当者が集う「DXフォーラム」を定期的に実施しています。データやAIの活用事例を持ち寄り、共通課題を議論する場です。横断的に持ち寄ることで課題が浮き彫りになります。

また、グループ内には多様な事業と専門組織があり、優れた人材と知見が世界中に分散しています。事業の壁を越えてそれらをつなぐことが、個社では解決が難しい課題や価値創出の突破口を開く鍵になります。そこで、社内の専門家や有識者をマッチングする「ポリネーターネットワーク」という仕組みを構築しました。社内に分散する知見を可視化し、人材の活躍機会を広げることで価値創出と人材維持の両立を図っています。

鹿子木 興味深い取り組みです。ある事業では当たり前のことが、他事業では新たな発見になる。そうした化学反応が期待できます。

小寺 エンターテインメント領域でも、テクノロジーの進化によってユーザーが求めるものは変化しています。情報へのアクセスが多様化したことで、いわゆる“推し”を発見しやすくなり、個人の“好き”に応えてほしいという欲求も強まっています。クリエイター側もそのニーズを把握したいと考えており、両者をどうつなぐか、そして技術を通じて必要な選択肢をどう広げていくかが、私たちの新たなDXの挑戦だと認識しています。

エンゲージメントでファンとクリエイターをつなぐ

鹿子木 今後、どのようなDXを目指していますか。

小寺 注力テーマは「エンゲージメントプラットフォームの構築」です。消費者であるファンと、クリエイターやアーティストの双方と接点を持つ──これは弊社ならではの強みです。両者をつなぐ基盤を整え、各事業が必要な機能をメニューから選んで活用できる仕組みを目指しています。

鹿子木 ファンの“好き”を育てるには、クリエイターの思いが不可欠です。一方、近年はAIの存在感が増していますが、この点はどのようにお考えですか。

小寺 AIは業務効率化や事業変革に有効なツールである一方、クリエイターの権利を侵害しかねないリスクも内包しています。社内で一貫して伝えているのは、AIは人を置き換えるものではなく、人の力を引き出し、ビジネスの価値を高めるものだということ。選択肢を広げ、ビジネスを成長させるための有効な手段の一つだと位置づけています。

まずは人やクリエイターが担う領域と、テクノロジーが担う領域を明確に切り分けることです。ゼロからイチの価値創造や新たな体験の創出は、あくまで人が担うべき領域です。それをファンに多様なかたちで届け、スケールを拡大し、クリエイティビティを高めていく戦略にAIを活用する。加えて、著作物保護を目的としたAIの研究開発も進めており、クリエイターに適切な対価が支払われる仕組みづくりや新しいビジネスモデルの構築に貢献したいと考えています。

業務効率化や事業変革の推進を加速すべく、昨年「AIアクセラレーション部門」を立ち上げました。技術者だけでなく、経理・人事・法務といった部門のメンバーも兼務で参加しています。AIが進化した際に、組織や会社のあり方そのものを議論できる場が必要であると考えたためです。

鹿子木 間接部門も巻き込んだ体制は、DX推進の本質を突いていると感じます。最後にDXを推進する企業へのアドバイスをお願いします。

小寺 まず「自社の成長の源泉はどこか」を見極めることです。コアとコンテキストを可視化して横並びにすれば、共通課題が自ずと見えてきます。ビジネスアーキテクチャとテクノロジーアーキテクチャが噛み合って初めて、事業成長という目的地にたどり着けるのです。

鹿子木 「コアとコンテキスト」という明快な軸が、複雑なDX推進に実践的な指針を与える。本日は事業成長に直結する知見を共有いただき、ありがとうございました。

対談を終えて

今回の対談で最も印象に残ったのは、小寺さんの「DXの最終目的は事業成長にある」という言葉です。コストダウンに注力するあまり成長という目的が後回しになる──そのことを、効率化で生まれた余力の再投資先を問う言葉で改めて気づかされました。多様な事業とビジネスモデルの変遷を間近で経験されてきたからこそ出てくる視点だと感じました。
 
また「コアとコンテキスト」という整理軸の明快さにも感銘を受けました。何を各事業に委ね、何を共通化するか。その問いに答えるには、まず自社の成長の源泉を問い直す作業が不可欠です。一見シンプルですが、各事業のコアは想像以上に限定的で、並べると共通の課題が浮き彫りになるという指摘は、多くの企業にとっても示唆に富むものではないでしょうか。コストとスケールのトレードオフを見極める小寺さんの視座は、多角化企業はもちろん、業種を問わず普遍的な指針になると確信しました。(鹿子木談)

Profile

ソニーグループ株式会社執行役 CDO

小寺 剛さんTsuyoshi Kodera

1992年ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社。1998年から米国法人で事業企画やコンシューマーAV・IT製品を担当。ソニー・ネットワークエンタテインメントインターナショナル プレジデント、ソニー・インタラクティブエンタテインメント社長兼CEO等を歴任。2018年ソニー常務就任、2019年よりソニーグループにてDX戦略を主導。2021年ソニーグループ常務CDO、2025年より執行役CDOとして、デジタル&テクノロジープラットフォームを担当。

横河デジタル株式会社 代表取締役社長

鹿子木宏明Hiroaki Kanokogi

1996年4月にマイクロソフト入社。機械学習アプリケーションの開発等に携わる。2007年10月横河電機入社。プラントを含む製造現場へのAIの開発、適用、製品化等を手掛ける。強化学習(アルゴリズム FKDPP)の開発者のひとり。2022年7月より横河デジタル株式会社代表取締役社長。2025年4月より横河電機株式会社執行役。博士(理学)。